廃死

東春 ひがしはる

第1話 廃死

「廃死」


「オカモトが亡くなった」と聞いた

特に感想も何もなかったのは、親友という間柄でもなかったからだ。

ただ気にはなったので何で死んだのか尋ねた

「病死だってさ〜詳しくは解らないけどよなんか壮絶だったらしい」

壮絶という言葉だけが印象に残た。

数日後、行きつけのBARのカウンターで独りで飲んでいると、顔見知りの女に声を掛けられた

「オカモト君てさ〜 死んじゃったんだ!」

やれやれ、オカモトも人気者になったなぁ

生きてる時には、噂にもならなかったのに。

「壮絶だっただろう、病名はなんだい?」

「え? 違うわよ〜 ビルから転落してバラバラに飛んじゃったってさ」

面白くないジョークみたいだ。

「可哀想にね〜 あれ、どこのビルだっけ?」

女は退屈そうにタバコを喫うと席を離れた、オカモトの話しは5分持たないことが解った。

病死と転落死の共通点は死ぬことだけか?

相違点は? 無限にあるが本人には意外と関係無いのかもしれないなにせ死んだのだから。


2度目までは、偶然という台詞を聞いたことがある、3度目はなんだっけ?


普通は暑いねとか、儲かってる?とか聴いてくる馴染みの男がいきなり

「オカモトさん!」と大口を開けたところで

「死んだのでしょう」と私が先に言ったので、その男は大口のまま言葉を飲み込んだ。

ジロリと睨んでからこう言った

「何で死んだか聞かないのか?」

不満そうな男

私は「どれが、本当か解らないから」

なんだか納得した表情になり、眉を1センチほど上げてから耳元で囁いた。

「殺されたんだよ、オカモトは!」

眉は少しも動かなかった。

あれこれや喋ったが、殺された件についての説明は無く、同情さえ無かった。

オカモトって複雑な人間関係だったんだ。

病死、事故死、他殺 と死のフルコース。

探偵だったら良かったのにと思う。


冴えない日々をやり過ごして、オカモトのことを考えてみた、理不尽に感じたし気の毒に思えたので、県警にいる先輩を頼ってみることにした。学生時代にバイク仲間であったその男は県警の刑事になっていた。


刑事はオカモトを覚えていたので期待した。

やっと事件解決の時だ! そもそも事件があったかなどは置いといた。


「オカモトはのめり込んでいたんだよ」

刑事お得意のタバコ燻らせスタイル。

「女ですか? それとも薬物?」

刑事が首を振る。

「廃墟だ」

不意を突かれて、思考は停止する。

刑事の話し

廃墟巡りなる趣味は流行していた時期もあった

写真集も売れるし、廃墟ツアーなんぞ悪趣味なものまである。

オカモトは嵌まり、自分独りで関東の全域から東北地方まで車で周りながら写真を撮ったのだ

閉鎖された病院、朽ち果てたラブホテル、雨水が溜まった工場の跡、雑草に埋もれた家

時間が止まったような錯覚を起こす、その朽ち果てた建造物を美しいと思い、追い求めた。

そして、ある日のこと出会ってしまうのだ。

無情の影となった骸に。

「仏さんですか?」

「自殺者なんだよな」

それとオカモトの死はどう繋がるのですか?

「そこから、オカモトは底なしの闇に堕ちていく廃墟巡りが、骸探しへと変わるんだよ!」

想像を超えた闇の奥。

人間の心とは堕ちるのだ

オカモトは何体もの仏さんを探し出し報告をしていた。 

実際には発見されて喜ぶ遺族もいるが家族や関係者が名乗り出ないこともある。

もしかしたら、オカモトは覗いてはいけない

聖域に入ってしまったのかもしれない。

「オカモトの死因はなんですか?」

「奴は失踪者なんだよ」

死体は見つかっていない。

痕跡が途絶えたのだ

オカモトの車は秋田県の山中で発見されたが

本人の姿はなく、足跡も目撃証言もないままである。何故か車内にはデジタルカメラが置き去りにされていた。

「カメラですか? そんな大事な物を置いてどこへ消えたんでしょうね」

刑事は溜息をついて、写真を取り出した。

カメラに残っていた物だ、これ1枚だけだ

写真にはオカモトが写っている、両手を広げて

頭を少し傾けるように立っている

広い建物の中で光が射し込んでいる。

工場だろうか ピントがズレているのではっきりしない

刑事が拡大レンズを渡してくれた。

良く見える

光が射し込む窓は、ステンドグラスだった。

工場ではない紛れもなく大聖堂の廃墟なのだ

私の手は震えていた。

「この世にこんな場所はねぇよ」

刑事はタバコを揉み消すと何も言わずに出て行った。


オカモトは自らの死までを廃墟に置いてきてしまったのかもしない。


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廃死 東春 ひがしはる @syousa-89

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