誰かの思い出

「そう不貞腐れるな」

 抗議のつもりでそっぽを向いていると、スーツをしっかりと着こなしているJ《ジェーン》は苦笑いを浮かべそういう。なんだか子ども扱いされているようで少し気にくわない。いや実際Jからすれば僕は子供なのだろう。それもなんだか気にくわない・・・。

「なーんでわざわざ僕が研究所こんなところに出向かなきゃいけないんですかね」

 自分で言っていてなんだが、ここに来なければならない理由は分かっている。僕とあいつ《A》の身体検査のためだ。

 というのも、どうやらグランマ経由で僕が寝込んだことが先生達にバレたようだった。いや、グランマはそれが仕事ではあるので文句は言えないのだが、一応ということで検査のために出向させられたわけだ。

 散々ごねたのだが、あいつの検査も何れ実施する中で今いっぺんに二人とも検査するか、どうするかと問われてしまえば来ざる負えなかったのだ。腹立たしい。が、この間の調査で少なからず何かしら影響はないとは言い切れなかったし、いくら僕が縫ったとはいえ体にだって傷がある以上は一応あいつの検査をしておかないわけにはいない。あくまでも動かなくなったりしたら僕が面倒くさいからというだけで、断じて心配しているわけではない、うん。

「検査結果は問題なしなんだよね?」

「ああ、身体的には問題なかったぞ」

 そう聞いて僕はほっとする。

「ただ、どんな影響が出るか分からないからな、一応注意しておいてくれ」

「それはもちろん」

「能力に変化があった場合報告も忘れずにな」

「・・・うん?えっと・・・怪力が増したりとか、無神経さがひどくなってきたりとかってこと?」

 なんだか話がかみ合わない気がしてそう問いかけると、Jは目をしばたたかせこっちをじっと見た。やはり何か変なことを言ってしまったのか。

「Aのことではなく、お前のことだ」

 ああ、そうでしたか。Jのあきれ顔に僕は顔が熱くなっていくのを感じた。なんということだ。

「・・・Aの方は特に以前と変わらないとの、ことだ。そうだな、引き続きの注意と何か変化があれば報告はしてくれ」

 何事もなかったかのように、そう言葉を返されて、恥ずかしさは二割増しだ。優しさなのか何なのかそれが余計に恥ずかしさを際立たせる。

「Aとはなんとかやっていけているようだな」

「ま・・・まぁ無神経だけど、最近はやっと馴染んできた感じだと思う」

「馴染んできたというと?」

「えっと、周りを気にするようになったし・・・。子供達とも交流してるし。あ、でも余計なことに手を出したりもするけどね」

 僕がそう説明していると、Jの整って綺麗だが表情筋が固まっているとしか顔貌がピクリと反応した気がした。が、表情は分からず鉄仮面になっている。何か気にくわない事でもあったのだろうか。

「お前は・・・Aと親しくなったんだな」

 いや、親しくないし!と思わず僕は大声否定したくなったがなんとか、言葉を喉の奥に押し込める。なんとか「普通だよ」というとJは驚いたような顔で僕を見ている。

「お前・・・今」

「・・・えっと何?」

 そう返すと、Jは考えこむような仕草をし眉間にしわを寄せると「いや」と呟いて黙る。さっきから何なんだろうか。僕は少し考えるが思いつかず、ふとAのことで思い出しJに聞いてみることとした。

「Aって何なの?」

「突拍子もない質問だな」

「いやAの話ついでで・・・」

 JならばAのことを少しは知っているんじゃないだろうかと思っただけだ。

「聞かれても私がしっていることは報告書の中にあることだけだ」

「でも、先生としばらく一緒だったんでしょ?」

「・・・先生とAが一緒の間私はここの課長になったばかりで関わったことはない」

 そうなのか、と僕は残念な気持ちになった。なら聞けることはないのだろう。嫌な思いをしてここに来たというのに。結局検査をしただけで終わりとはなんということか。

 だが、検査も無事終了したのだからあとは帰るだけだ。僕はこれから院に帰ることを考えうきうきとした気分になる。一人荷物があるが。

 こうしてはいられない、早く帰る準備をしよう。そう思い僕は立ち上がろうとして止まった。思えば止まったのは失敗だった。

 立ち上がった僕に「それよりも」とJが声を掛けてきたのだ。嫌な予感に早々に立ち去ろうとしたが、その頑強な右腕がいつの間にか僕の左腕を掴んでいる。氷の女王がその薄い唇に微笑みを湛えている。

「ついでだ。ひとつ仕事をしていけ」

 予感は現実のものとなり、僕は引き攣った顔で頷くことしかできなかった。


 Jの配慮で僕とAは施設から離れた場所に泊まっている。なんでも特別な場所らしく関係者以外立ち入り禁止だそうだ。雰囲気は院に似ているが、こちらの方が遥かに新しいことが窺えた。尚のこと院のことを思い出してしまい帰りたくなる。

「ああ、Zか。おかえり」

 離れに誰にも合わないように注意しながら、まっすぐ帰った僕にいつもと変わらない調子で簡素な検査衣をあいつがそう言った。むかつくことこの上ない。

「うっさいばーか」

 代わりに出たのはその言葉だった。八つ当たりだ。だが、それに対してあいつが言い返してくることはない。

 なんだかむかつく。

 僕は手に持っていたものを思い出してそのままあいつの目の前にあるテーブルに載せる。

「それは?」

 その紙袋にあいつは訝し気に聞いてくる。ただ中身を覗くような無粋な真似はしなかった。

「あんたへのお土産」

「俺への?」

「そ」

 正確にはJに先生からこいつ宛の荷物を託されただけだ。まぁ完全な嘘ではない。

 顎をしゃくるとAは紙袋を受け取り、中を探り始めた。本当はAに渡す前に中身を確認しようと思っていたがもういい。目の前で本人に開けてもらうことにする。

 さぁ何が出てくるのか。

 ふと、Aの手が紙袋から出かけて止まる。そしてそのまま戻し始める。

「は?何でしまうわけ?」

 意味が分からない。

「・・・これはロバートのものだ」

 その言葉に半年前の調査のことを思い出す。ロバートは屋敷にいた子供。つまりは。

「俺には関係のないものだな」

 Aはそう言って紙袋を掴みいなくなってしまう。

 僕はなんだかよくわからなくなって、ただ呆然としてしまった。そして、仕事があることを伝えていないことを思い出し、どうしようかと悩んだ。

 ・・・なんか気まずい。


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