いつものようでいつもじゃない

 財団での僕達の仕事は調査であり、回収であり、時に暴力に発展する。

 最初に言っておくと僕は暴力が得意ではない。護身用のハンドガンを腰に下げてはいるが、仕事の場合役に立たないお守り以下のありがたい代物ハンドガンなので使わないのであればそれでいいのだ。

 敢えて使うとしたら、きっとそれは一般の人間に対してだろう。

 ちなみにいうと仕事で暴力を担当するのはAの担当で、あんまり本人にいうと碌なことにならなさそうなので本人に言わないが、暴力それに関してなら信頼における。

 

 

 

 いらないおまけに普通の人間よりも怪我をすることが多い。まぁそれもこういった場に出向くことが多いので仕方のないことかもしれない。

 だがその特殊さゆえとはいえ、日常での怪我も増えてきたときには僕もなんだか分からないが腹が立った。

 "命を粗末に扱うな"

 そう言いそうにもなったが、言わなかった。きっと言ってもAからいやへ言葉が返ってくるのが想像できてしまったからだ。僕が想像する言葉と一言一句同じといわないにしても意味合い的には同じことを絶対にAは言う。非常に胸糞悪い。

 だからなのか、暴力を振るう時のAは対象に対して容赦がない。命令さえなければ、まるで蟻を踏み潰すぐらい簡単に破壊できるだろう。自分の体もろとも。なんという傍迷惑な男なのか。

 僕は目の前繰り広げられる演劇ショーをぼんやりと眺め、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 そういえば一体、僕は何を見せられているのだろうか。

 そして、終演に差し掛かった頃僕はやはり役に立たないだろうハンドガン《それ》を後ろの腰から抜き、慣れないながらも構えて平静を装いながら言った。

「それ以上やると死ぬからやめろ馬鹿」

 その言葉にはっとしたようにAは、蛙のような声を上げるそれの首から手を離した。男は膝から崩れ落ちると首を押さえ肩を上下させていた。どうやら意識はあるようだ。

 Aを見るとこちらをじっとみたまま固まっている。その視線の先はどう見ても僕の持つハンドガン《それ》だった。

 一瞬撃ってやろうかとも思ったが、その必要もなくなり僕は腕を下ろす。

「それ、人間だからな」

 嫌味のつもりでそういうと、Aは自身の足元で怯える男をゆっくりと見下ろし「ああ」とその一言だけ。その表情はその白く長い前髪で隠され、見えることはない。

 部屋は最初と比べて随分様変わりして、床には屈強な男達が情けないうめき声をあげて蠢いている光景が広がっている。

 なんとまぁ、地獄絵図だ。


 いつも通りのはずなのに、なんだかいつもと違う気がした。何が違うんだろうか。窓の外を流れていく雄大な景色を眺め、ぼんやりと考える。

 ああ、そうだ。会話をしていないのだ。

 横目で目の前に座るAを見ると目を瞑ったまま黙っている。微動だにしないその様は不気味で、死んでいるといわれても何の疑問も湧かない。いや、死んでいるという表現はあまりよくなかった。

 頭の中で行われる会話は口に出ることはなく。どうしてもAに話しかけることができなかった。話しかけづらかった。

 思わず溜息を吐いてしまう。

「どうした?」

 突然の声に心臓が飛び出そうなくらい僕は驚いた。もう一度Aを見るとその両目はしっかりと開きこちらを見つめているではないか。

 いや、勝手に驚いたのはこっちだが一種のホラーを体験した気分だった。

「・・・別に」

 なんとか平静を装いながらも、そう短く言葉を返すと「ああ」とAは言った。

 また場は気まずくなり、振動とガタンゴトンという音だけが妙に耳につく。

 こういう時どんな会話してたっけ?

 考えるが、思い出すのはAに対する罵倒の数々。もしかしなくても僕は随分Aに冷たい態度とひどいことを言ってきたようだ。

 いやでも、うん、僕は悪くない。・・・多分。

「馬鹿」

 小さくそう呟くと視界の端でピクリと動いたのが分かった。なんでその言葉に反応するんだろうか。

「やはりあの男に怪我をさせたことを怒っているのか?」

「はぁ?」

 斜め上の返答に思わず大きな声が出た。一等客室とはいえ、思わず騒いでしまったことに少し恥ずかしくなる。

 なんでそんな話になるのか。そもそも先に手を出してきたのはあっちで、こっちは穏便に物を回収しようとしただけだ。最終的には暴力と金で男を黙らせることができたし、なんだったら既に錯乱していた男にはちょうどいい気付け薬になっただろう。

 まぁ、殺しかけそうだったことは咎めてもいいかもしれない。

 いや、こちらを騙そうとした挙句に僕を人質にとろうとしたのだから、それぐらいは当然ではないのか・・・。

「じゃあ、また怪我をしたことか?」

 そう言ってAは少し前のめりになる。

 どうしたんだこいつ。

「別に今回のは不可抗力じゃん。まぁもう少し自分の体を気遣ってもいいかもしれないけど」

 声を押さえながらそう言葉を返す。

 確かにAの体に付いた傷のほとんどは奴らにつけられたというよりは暴力の過程で自分でつけてしまったものばかりだ。加減さえ覚えていれば、無傷と言ってもおかしくなかっただろう。

 「じゃあ首以外に怪我でもしたのか?」

 確かにあの乱暴者に首を容赦なく絞められたが、Aの華麗な暴力により大してことにはならなかったし、もうなんともない。

 怪我がないことは伝えたと思ったが。

 それにしてもなぜこいつは怪我にこだわるのか。

 しかし、聞こうかどうしようか悩んで口を開いた時、遮るように先にAが答えを言った。

「じゃあ、なぜ機嫌が悪い?」 

 何言ってんだこいつ。

 突然の言葉に僕は少し混乱した。

 僕の機嫌が悪い?そんなわけない。

 そもそも空気を悪くしたのはこの男じゃないか。紙袋の一件から僕は気を遣っているだけだ。

 それをこんな風に言われているのだとすれば、腹が立つ。

「機嫌、悪くないし」

「そうか、ならいい」

 あっさりと納得した様子のAはそのまま背もたれに身を任せ、また目を瞑った。

 ・・・なんなんだ、一体。

 そのやり取りは一瞬で、驚いて何も言うことができなかった。ただちょっと冷静に考えて納得は行かなかったが、怒りは不思議と沸いてくることはなかった。しかもそこに居心地の悪さはない。

 さっきまであんなに気まずかったのに、変なの。

 Aのくせに僕のこと心配してくれたから嬉しかった?

 いやそんなわけないし。

 僕は自問自答しながら、窓硝子に頭を預け目をつむる。

 なんだか、無駄に考え事が増えた気がする。変なこと考えるのはもうやめようと思ってたのに・・・。気を使っていたのが馬鹿みたいで僕は何もかもどうでもよくなってきた。

 思わず溜息を吐くと不意に周囲がこもったような音に代わり、暗闇が訪れた。僕はそのまま列車の揺れる感覚に身を任せ、振動に耳を傾ける。心地よい感覚に頭がぼーっとしてくる。

 無駄に悩むのはやっぱりよくないな。

 僕はぼんやりとそう思いながら、僕の意識は遠いどこかへと沈んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る