すきかきらいかでいったら
「おねえちゃん、みどりのおにいちゃんのことすき?」
子供というのは実に純粋なもので、不意打ちの一言に僕はすぐに言葉を返せなかった。
・・・"すき"というのは、"好き"ということだろうか。
人が人に対して抱く、"あれ"?
隣人愛的ななにか?
それとも異性が思いあうような・・・。
第一に僕が、あいつを好き?
「まぁ、好きな部類・・・?」
考えた末にでたのはそんな曖昧な言葉だ。すると
「よかった、なかなおりしたんだね」
・・・仲直り?何のことかわからず、一応思い返す。今まで確かに馬鹿とか色々言ってきたことはあるが、喧嘩なんてしていただろうか。そもそも、よく考えれば仕事と孤児院のこと以外で真面目に話したことなんてあまりなかったんじゃないだろうか。
「まえはあんまりおはなし、してなかったから」
そう問われ、先ほど柄にもなく真剣に考えてしまったことが急に恥ずかしくなってくる。
「えっと、つまり僕があいつ・・・Aとお話をしないから喧嘩してるって思っていたってこと?」
そう聞けば、ミーシャは頷く。にこにことその顔を輝かせながら。
子供の想像力は恐ろしい。
そういう風に見られていたということなのか。
これでも親し気に接していたつもりなのだが、態度に出ていただろうか。
「まえはおはなししててもあんまりたのしそうじゃなかった。みどりのおにいちゃんもあんまりおはなししないから。それにおはなししてるときもいつものおねえちゃんとちがってた」
その言葉にやはりそうだったのかと気付く。
「でもぐらんまは、"ひとそれぞれにきょりかんがあるのよ"っていってた」
グランマにまでこの話をしたのか。
穏やかな笑みを浮かべて話すグランマは容易に想像できる。
「それにおねえちゃんはあんまりひとがすきじゃないからって」
・・・別に人が嫌いなわけじゃない。
ただ、人に対しての恐怖心があるだけだ。関わらなくていいなら関わりたくないから人と話さないだけで、近しい人とは頑張って会話をしているつもりだった。
それに人との距離感が分からないのも人を遠ざける理由だった。
グランマ達はその性格のお陰か話すことは苦じゃないし、子供達とも素直に話ができる。
でもそれ以外となるとどうしても、仮面が必要だった。
「だから、おねえちゃんはわたしたちみたいにみどりのおにいちゃんがすきになったんだっておもったの」
その小さな手が私の頬に触れる。柔らかくてほんのり温かい手だった。思わずその手に自分の手を重ねた。
その言葉について深く考えることはなかった。
「そうだね、じゃあ僕はAが好きってことだ」
「うん!」
無邪気な笑顔はさらに輝いて、頭を撫でると気持ちよさそうにする。
昔の僕にはなかったものを持つミーシャ達は愛おしく感じる。羨ましくさえある。もう少し素直だったら、素直に生きることができる環境だったら・・・。そんなことを頭の片隅で考えていた。
「せんせいもばかばかいっているうちはきらいではないってことだよっていってたから、いつかおねえちゃんもおにいちゃんをすきになるってしんじてた」
先生までそんなことを言っていたのか。それに先生の前では猫を被っていたつもりだったが、やはりばれていたか。
「でもあんまり、おにいちゃんのこといじめないでね」
ミーシャはじっと目を見つめてくる。この目で見つめられたら、ノーとは言えない。
「・・・ああ、うん。できるだけ、ね」
「そのはなしかた、おにいちゃんみたい!」
「・・・それお願いだから言わないで」
きっと子供達の前以外ではイラっとしただろう言葉も、天使の前では尚のことその嫌悪感は行き場がなかった。顔は引き攣ってしまった。
「呼んだか?」
間が悪いことに文字通り無神経な馬鹿がひょっこりと姿を現す。
「・・・なんでいんだよ」
「"Aが好きだ"とかなんとか聞こえてきたから気になっただけだ」
よりにもよってそこを聞いていたか。そこだけ切り取ってしまえば、なんか誤解を生んでしまうじゃないか。
本当に間が悪すぎる。
「忘れろ」
「何を?」
「だから、今のこと、ば」
天使からの心配そうな視線に気づき、最後まではっきりと言うことができなかった。
無理だ。
ミーシャの前で否定の言葉も怒鳴りつけるのもできない。
本当の本当に間が悪すぎる。
「"好き"?」
わざとなのかなんなのか知らないが、とどめの言葉に僕は顔が熱くなっていくのを感じた。
なんだかいろんなものが混ざり合う。
羞恥
焦り
混乱
嫌悪感
好意?
怒り
咄嗟にミーシャの僕の手で両耳を塞ぐ。
「死ね馬鹿!」
僕は今どんな顔をしているだろうか。
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