憂鬱のち晴れ
不思議なことに雨の日は好きになれなかった。
どうしてなのか考えることはない。恐らくこれから先も。
ただ、今日一日が憂鬱なのは間違いがない。
子供達は元気に室内を走り回りはしゃいでいる。グランマは歳のせいもあるのか椅子に座り子供達の様子を眺めるだけだ。
俺は子供の玩具としてただ座るだけ。あまり子供達に触れたくはないが、子供達は俺におねだりをする。
肩車をしたり
危なくないように高い高いをしたり
背中に乗せたり
子供達のきゃっきゃという声はしばらく止むことはなかった。
子供達と遊んでいる間も俺の鬱々とした何かは消える気配がない。
どれくらい遊ばれていたか分からないが、しばらくして子供達はようやく俺に飽きたようで、どこかへ行ってしまった。何もすることが無くなった俺はいつもの場所に座る。生憎の雨模様で光は少ないが、十分だった。
「あの子達と遊ぶの疲れちゃったかしら?」
グランマはそう声を掛けてくる。疲れなど感じたことはなかったが、グランマには俺が疲れているように見えているのだろうか?
「いや、疲れていない」
「そう、ならいいのだけれど。体の調子が良くないの?」
グランマにそう問われ俺は首を傾げた。体はいたって普通に動いている。
「何か変か?」
「ええ、いつも以上にやる気が感じられないというかなんというか・・・」
・・・グランマの言いたいことはよくわからない。
「マリアも今日はお部屋で休んでいるみたいだし、貴方達二人揃って元気がないのは寂しいわ」
そう言われてみれば、朝からZの姿を見ていないような気がしたがやはり見ていなかったのか。部屋で休んでいるとはどういうことだろうか。
「A後で
その言葉に俺はただ頷くことしかできなかった。
不思議なことに雨の日は嫌いではない。
暗くて落ち着くし、雨の音が好きだからだ。いやな気持ちを忘れさせてくれるし、何よりも雨の日は先生と出会った思い出の日だった。
絶好の雨日和。・・・にもかかわらず体の調子はすこぶる悪い。
ベッドから体を起こすのもやっとなぐらいに怠さと節々の痛みがある。
「・・・痛っ」
何よりも不愉快なのは左目に間欠的に走るこの鋭い痛みだ。左目の痛みは頭にじわりじわりとした痛みを誘発させる。
どうしてこうなったかは容易に想像できるが、ここまで重い症状は正直初めてだった。今までは数時間の左目の痛みで済んだのだ。
ここまでひどくなるとは想像していなかったし、まさか日を置いていっぺんに症状が出ることも予想できなかった。
「はぁ・・・散々だ」
僕はふわふわ枕に顔を押し当てて呟く。籠った僕の言葉を誰かが聞くことはない。
僕は大人しく仰向けに寝っ転がり、目を瞑る。雨の弾ける音がよく聞こえてくる。雨の音に混じって子供達の笑い声も聞こえる。
お腹空いたな・・・。
そう思いつつも僕は目を瞑った。目を瞑ると痛みは幾分か和らぐ。散々寝ていたので眠くはなかったが、心地よい雨の音に僕は空腹も忘れいつの間にか寝入ってしまった。
"じゃあこれを持っていってもらえるかしら"
そうグランマに言われ渡されたのは、白い湯気が立ち上る色鮮やかな料理が盛られた器と紅茶だった。
素直にそれを受け取り、俺はそれらが載ったお盆を手にZの部屋の前に来ていた。
「Z起きているか?」
声を掛けるが、返答はなかった。正直あまりやりたくはないがなんとか扉をノックする。
しかしやはり返答はない。
「・・・入るぞ?」
悩みながらのも俺は扉を慎重に開けた。
その部屋は非常に小ざっぱりとしていた。家具はナチュラルな木材で統一され、必要最低限な家具しか置かれていない。生活感がないと言わないにしてもあまりにも落ち着いた部屋だった。
だからこそ筆記用具が綺麗に並べられた机の上に随分と汚れてほつれたテディベアが一体ぽつん、と載っているのが妙に気になった。
そういえば、Zの部屋に入るのはこれが初めてだ。
寝ているのかベッドの上のふくらみは動く様子がない。俺は静かに室内に入ると後ろ手にそっと扉を閉めた。
他に置き場所もないのでテディベアの横にお盆を置く。そしてベッドの傍に寄り、反対側を向いているため顔の見えないZの名前を呼んだ。
昔の夢を見た。
その日は雨で大好きな先生がかえってきたと知って、あたしはすごくうれしかった。
みんなといっしょに先生をおむかえしたら、先生のとなりには知らないやつがいた。
"知らないやつはきらい"
先生より少し背の大きいそれはなんだかよくわからないやつだった。
大きいそいつは大人だ。
"大人はきらい"
だから、あたしはこいつがきらい。
そいつとあたしの目が合った。
そいつはあたしの左目をみている気がした。いやまちがいなくみていた。
そいつのなかはなにもなくて、わけがわからなかった。
ただ、そこに悲しみのようななにかをあたしは"み"てしまった。
こわいおんなの口がみにくくゆがむ。
もえる、もやされるおんなにすこしずつ雨がふってくる。
"ああ、そうだ、このおんなは魔女だ"
「Z」
声が聞こえて僕は目を覚ました。
何か楽しかったはずなのに怖い夢を見た気がする。ふとヘーゼルの瞳と目が合う。今日はいつになく暗い色に見えた。
それは、Aだ。
「A?」
「ああ、勝手に部屋に入って済まないが、グランマから食事を運ぶように言われた」
そう言われて、いい香りがすることに気付く。これは・・・。
「ぼるしち?」
起きたら間違いなく暴言の一つや二つあることを覚悟していたのだが、そんなことはなく。寝間着姿のZはベッドの上に座ってグランマからの食事を食べていた。初めて見る料理だが、Zの喜びようからZには馴染み深いものなのだろう。
俺は何故か、ベッドの端に座らされその様子を黙って眺めている。さっさと帰ればよかったと後で気づいた。
「特別な時には先生が得意な料理をグランマが作ってくれるんだよ」
料理を平らげたZはカップに口を付けながらそう言った。今日は特別な日だというのか。
「はぁありがと、元気出た」
そう言ってZは俺に空のカップを渡す。
「グランマにもお礼言っておいてね。あと今日は部屋で大人しくしてるって伝えておいて」
そういうとZは俺に向かってさっさと行けと手で合図をする。なんだかいつものZと違う気がする。だが、余計なことをして怒られるのも面倒なのでさっさと部屋を出ていくことにする。
「あのさ」
部屋を出る直前Zが俺に声を掛けてくる。振り返るとZはじっとこっちを見つめている。
「・・・元気出しなよね」
Zはそう言って少しだけ悲しそうに笑った。
その言葉の意味も笑みの意味も俺には理解ができなかった。ただ、なぜだかその言葉にじんわりとした何かを胸の奥で感じた。
部屋を出てキッチンへ向かう途中。中庭の様子がふと視界に入ってくる。雨は止む様子はない。よくみれば子供達が雨の中走り回っていた。それは無邪気で雨をものともしないものだった。
雨なのに楽しそうだ。
俺はお盆の上で綺麗に空になった器を見つめる。
Zが幸せそうに食べている様子を思い出した。それはなかなかみられるものではない。そして珍しく"ありがとう"と言われた。
そして、最後には・・・。
また、じんわりとしたものが胸の中で小さく広がる。なんだかよくわからない事ばかりだ。
だが、
「雨の日も悪いことばかりじゃない、か」
不思議と胸の中にある重苦しいものが軽くなった気がした。
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