気分転換にケーキでも
「一体これはなんですか、グランマ」
目の前にある物に引きつつ僕はグランマに聞く。グランマは困ったような顔をしている。
目の前の皿にのせられたそれは茶色く、若干焦げているようにも見える。何をどうすればそうなるのか原型はとどめておらず、ぼろぼろと皿の上に積み上げられている。
それは
ただ、数日前にお菓子はグランマお手製のものを食べたはずだ。材料がこんなにはやく先生からプレゼントされることがあるのだろうか。
「材料は少し余っていたから使ってみたのよ」
そうなのか。
だとしても、グランマがこれを作ったとは思えない。グランマのお菓子はもっと見た目もおいしそうに見えるはずだ。
「とりあえず、食べてみない?」
「えっと、ごめんなさいグランマ僕今お腹いっぱいなんです」
精一杯の笑みを浮かべながらそう返すとグランマは「そう」と少し残念そうではあるがあっさりと引き下がった。
僕がほっとしていると、グランマは皿を手に戻ろうとしていた。
「あ、グランマ僕も手伝いますよ」
「ありがとうマリア。あ、でも今は・・・」
グランマはそう思い出したように言うと、言いずらそうな顔をする。
・・・どうしたんだろうか?
キッチンの前に来た時に床に薪が転がっているのを見た時、疑問と共に嫌な予感はしていた。
キッチンの中が見えた時それは僕の現実になった。
それは惨状といってよかった。
床は勿体ないことにオートミールがところどころに散らばり、テーブルや離れているコンロの側面には何かがへばりついている。おまけにオーブンの周りは灰に
ふとテーブルの陰からにゅっと何か大きなものが立ち上がり、僕は一瞬驚きながらも溜息を吐いた。
「あんた何やってるわけ」
それは呆れて出た言葉だ。その大男は僕らに気付くとじっとこちらを見つめる。そのヘーゼルの瞳が何か言いたげにこちらを見ている。
僕の隣でグランマがどうしようかと困っているのが横目で見えた。
「ケーキ美味しかったか?」
その言葉ですべてを僕は悟る。
「他にいうことあるだろうが!」
返す答えは一つだった。
ケーキを作った犯人はA。
キッチンを汚した犯人もA。
片づけをしてさらに悪化させた犯人、A。
結果-ギルティ。
貴重な食べ物を無駄にし、神聖なキッチンを汚し、資材を粗末に扱った。
極刑に値する重罪だ。
とはいっても、実際には刑に処されることはない。しかし文句は言いたくなる。
なにせ片付けを僕が手伝う羽目になったのだから。
グランマに片づけをさせるわけにはいかなかったし、この木偶の棒は事態を悪化させること必至なので薪を移動させることぐらいしかさせられない。
結果的に僕が行うしかないじゃないか。
とはいってもそんなに時間はかからずにキッチンは元に戻った。うん、これだったら前よりもいいといってもいいかもしれない。
いい汗をかいたと達成感に溢れていたが、同時に問題を思い出し嫌な気分を思い出す。
あいつは、ようやっと薪を綺麗に並べ終えたようで、丁度僕の方を振り返っていた。
「あんた何やってんの、馬鹿じゃないの?」
馬鹿を連れ、グランマに掃除が終わったことを伝えた僕は中庭であいつを尋問することにした。テーブルの上には例のお菓子も添えて。
「何ってグランマにお菓子作りを教えてもらっただけだ」
「はぁ?」
何を言ってるんだこいつは。
そういう細かいことが壊滅的にできないはずなのに、どうしてそんなことをしたのか。
この怪力男は加減ができないからこその怪力なのだ。そして巧緻性が著しく低い。怪力に関しては気を付けるようにしているようだが、細かい動きがそこに加わると怪力の制御は不能になる。そして、動きも雑になる。
流石に調理器具を破壊する事態にはなっていなかったが、そうなっていてもおかしくなかったはずだ。
こいつには自覚がないのだろうか?
「・・・禁止」
「禁止?」
「今後キッチンに立ち入るの禁止。というか家事全般に関わるな。グランマか僕に言われたときだけ手伝え」
今更な命令だ。そもそも今まで何もしてこなかったからそういう禁止命令を出していなかったのではないかと気付く。
余計な手間を増やして何を考えてるんだこの馬鹿は。
「・・・怒っているのか?」
「怒ってるに決まってんだろ!」
「・・・余計なことをした」
謝罪のつもりだろうか。表情は変わらずとも落ち込んでいるようにも見えなくもない。僕は居たたまれなくなって視線を逸らす。その先には少し乾いたお菓子がある。
そうだ。これはAが作ったのだろう。なんでよりにもよってお菓子を作るなんてことをしたのか。
「甘いもの好きなんだろう?」
「はぁ?」
いや、嫌いではない。寧ろ好きではあるが、だから何なんだろうか。というかなぜ、それを僕に言う。
ちょっと考えて、可能性に思い当たったがあり得ないと思う。。
まさかとは思うが、僕のために作ったというのだろうか?
なんでケーキ?
そして今?
というかどうして僕に作った?
疑問が絶えず沸きぐるぐると頭の中を回る。だが、答えは出ないしこれ以上Aに聞きたいと思わない。
「あーっ、もう!」
行き場のない気持ちに僕は目の前のフォークを掴み、そのまま茶色い物体に刺す。
弾力はケーキそのものだ。丁度一口サイズがフォークに刺さった。
そのまま口に入れる。
うん、甘い。当たり前だけど。・・・ちょっと焦げた味もする。
でも、・・・まずくはなかった。
時間が経っているせいもあって、咀嚼していくうちに口の中がよりぱさぱさになっていく。
口の中の水分を奪い取られながらそれを嚥下する。
目の前の男がじっとこちらを見ている。
「・・・ず」
「ず?」
「口の中乾くから水持ってきて!」
「ああ」
Aはそう言いながら立ち上がる。
「自分で汲むなよ、グランマか子供達に頼めよ馬鹿!」
これは大事なことだ。また何か余計なことを起こされては敵わない。
「・・・ああ」
Aはそう返事だけ残して建物の中に入っていった。
僕は中庭に誰もいないことを確認してから、ケーキの焦げていない部分を刺して口に運ぶ。
「うん・・・これなら美味しいかも」
それは本人の前では絶対口にできない言葉だった。だが、甘いものに罪はない。そう罪はないから食べてしまおう、うん。
僕は何かに言い聞かせるようにしてフォークをケーキに突き刺した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます