楽しくないはずだったお茶会
「思ったんだけどさ、あんたって匂いしないよね」
ある昼下がりグランマに誘われお茶会に参加している最中、Zは珍しく突然そう話し始めた。
グランマと子供たちは離れた場所で遊んでいる。丸テーブルの上にはティーセットと如何にも甘そう匂いが漂ってきそうなグランマお手製ケーキの余りが置かれている。Zはケーキを一欠片口に運んだ。
「・・・食欲なくならないのか」
「あんたのその無神経な問いのせいで食欲なくなりそう」
Zは溜息を吐くと硝子製のティーカップに口を付けた。鮮やかな赤色は血のようにも思える。実際の血液はこんなに澄んではいないが。
「なんていうか、お花みたいな匂いがするんだよね」
先ほどの話は続いていたのか。Zはティーカップを下ろしながらそう言う。
花の匂いがするといわれたのは初めてのことで、よくわからなかった。匂いと言われても分からない。自分の匂いなら普通であっても分からなかっただろう。とりあえず、腐敗臭がするわけではないのならいいのかもしれない。
「いい匂いなのか」
そう問えば、Zは顔を
「なんかその言い方きもい」
別に意図したわけではないのだが、どうやらZの機嫌を損ねてしまったが分かった。この娘はよく俺の言う言葉に対して嫌悪感を
グランマ達と話している時はもう少し素直な気もするが。ふと、そう考えて気付く。
「そういえばお前、外では先生とジェーンの以外の人間と仕事でも会話をしないな」
思いついたことを口にしてしまった。その言葉がどうやらZのお気に召さなかったということはその眉間の
本当に分かりやすい娘だ。昔は表情の乏しい子だと思ったがそういうわけではなかったようだ。特に最近は表情が豊かになったような気もする。俺に対しては随分ではあるが。
「何、突然。だから何なの?何が言いたいわけ?」
落ち着きを払ったような口調だが、声がいつになく低く若干早口なところから興奮一歩手間だろう。
「気になったから聞いただけだ。お前も聞いてきたんだからお相子だろう」
そう言葉を返すと、Zはケーキをフォークからはみ出るくらい
「
正直その食べ方といい口に物を入れて話すのもマナーはどうなのかと思うが、でかけた言葉を何とか呑み込む。
余計なことは言わないに限る。最近ようやく学んだことの一つだ。それでもやはり余計なことを言って怒らせてしまうが、前よりはましだろう。それに前よりは距離が縮まっているような気がしないでもないのだ。
そう考えると普通の会話へステップアップできているような気もしないでもない。
「・・・美味しいか?」
味わっているのかなんなのか。次々とケーキを頬張るZはいつの間にか機嫌を直しているようにも見えた。なんだかリスに見えてきた。
「うむ」
「うむ?」
どうやらタイミングが悪かったらしい、Zは手の平をこちらに向け"待った"という意思を表示してくる。カップに口を付けると、まるで水でも飲むようにカップ内の液体を飲み干した。
それはどうなんだろうか。
「うん、美味しい。あんたは・・・食べても大丈夫なんだっけ?」
「食べても消化されずに出てくる」
「なにそれ、臓器は動いてるってこと?」
「消化機能は有していないが、蠕動運動はしているみたいだな」
「ふーん」
興味がなくなったのかZはティーカップにお茶を注ぎ始める。
「味、分かんないんだよね?」
「ああ、そうだな」
「・・・ふーん」
聞いてきた割に淡白な反応を返してくるZはいつもと違うように感じた。
そもそもこうしてゆっくりと話をすること自体今までなかったのではないだろうか。少なくとも俺の記憶にはない。
第一いつもする話は仕事と子供たちのことばかりだ。
「・・・僕さ、あんたについて知らないことばっかだね」
「それは俺もだな」
そう言葉を返すとZは意外そうな顔でこちらを見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「あんたでもそんな風に思うんだ」
「まぁ、な」
「初めて会ってそれからちょっと時間はあったけどコンビ組んで10年経つのに変だね、僕達」
Zはテーブルに膝を付き腕に突っ伏すように顔を乗せる。どうしたのだろうか急に。
10年・・・Zと出会ってからそんなに経っていないのか。あの少女が今や俺のパートナーだ。
しかし、俺はZについて何も知らない。知っていることといえばZの財団内の立場や持っている力ぐらいのものだ。Zの内面については知らない。口が悪いことと最近裁縫がうまくなってきたことくらいなら知っているが、ただそれだけだ。
だが、今更Zについて知ることに意味があるのだろうか?
「・・・まだ、時間はある」
自分でもよくわからない言葉が口から漏れていた。Zはフォークをぼんやりと眺めたまま反応しない。
・・・お菓子が食べ足りないのだろうか?
今度グランマにお菓子の作り方でも学ぼうか。
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