第21話「鋼鉄の守護神」

 巨人の胸部が開いて、中から光が溢れ出る。

 その中へと、迷わずアセットは飛び込んだ。そこには、以前見た光景が広がっている。違うのは、あたり一面の夜と、燃える森。

 周囲の全てを映した、まるで天球儀てんきゅうぎの中にいるような感覚だ。

 そこはメガリスの心臓部で、眼球の裏側のような風景で、そしてアセットはこれから頭脳になる。


「こちらに座ってください、アセット。なに、難しい操作は必要ありませんよ。全て妖精さんにお任せください」

「う、うん」


 ビルラに言われるまま、アセットは中央の座席に座った。

 まるで玉座だと思っていたが、身を沈めてみると印象が変わる。どっちかというと、ゆりかご……安楽椅子のように全身が落ち着く。適度な角度でゆったりできて、椅子自体が高さや傾きを自動で調節してくれるのだ。

 そして、肘掛ひじかけにあたる部分には取っ手のようなものがある。

 こちらも両手をそれぞれ預ければ、吸い付くようにフィットした。


「ビルラ、次はどうすれば」

「ええ、では立たせましょうか」

「どうやって」

「メガリスの操縦に必要なのは、明確な意思表現と、その強度です」

「つ、つまり?」

操縦桿スティックを握って念じれば、思った通りに動きます」


 酷く雑な、とても洗練されたシステムだった。

 ならばとアセットは、両手の指に力を込める。

 大事なのはイメージだと、耳元でビルラが小さく笑った。この状況でさえ、この自称妖精さんは余裕たっぷりである。

 そして、腹に響く金属音が連なり響く。

 メガリスはゆっくりと立ち上がった。


「よし、貯水池ちょすいちへ」

「飛行はまあ、なんとかなるでしょう」

「えっ、飛べるの?」

勿論もちろん


 もうすでに、アセットは汗だくだ。

 暑くもないのに、背筋を冷たい汗が滑り落ちてゆく。

 手の中もじっとりとしていて、集中力をもっていかれそうになる。

 それでも、命じるままにメガリスは首を巡らせた。

 貯水池の方が赤々と燃えている。

 そちらへ向かって意識を研ぎ澄まし、はっきりと声に出してアセットは念じる。


「飛べ、飛べ、飛べ……飛べぇっ!」


 刹那せつな、座ってる座席ごとアセットが重さを失う。

 あっという間に周囲の光景が切り替わった。

 あまりの高速移動だったので、頭で認識できない状態が数秒あって、危うくパニックになりかける。ようやく、メガリスが背に炎の翼を羽撃はばたかせたのだと知った。

 今、アセットは星空の中にいた。

 一瞬で天の高みに達していたのである。

 手を伸ばせば、またたく星の一つくらいつかめそうだ。


「アセット、強く念じ過ぎれば無駄に力が発揮されます。加減ですよ、加減」

「あ、うん」

「私の方でも補正してますので、今度は降りましょう。因みにここは、高度二万メートル上空ですね」

「と、とりあえずドラゴンは」


 周囲の光景は全て、一流の芸術家がつむいだタペストリーだ。

 そして、下を見たいと思った時には座席が軽く前傾する。

 遥か下に、激しく燃え盛る炎の明かりがあった。

 そこへ向けて、今度は急降下。

 アセットは、体の中で心臓が浮かび上がるような錯覚を覚える。

 気付けば衝撃と共に、視界の全てを土砂が覆った。


「着地した? ドラゴンは!」

「足元、気を付けてくださいね? 村人たちを踏まないように」

「あっ、そうか! でも、なにも見えない」

「外の音、拾えます」


 ようやく視界がクリアになる。

 同時に、入り乱れる声がアセットを包んだ。

 それはまさに、阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずといった様相を呈していた。


『なっ、なな……なんだっ! 今度はなんなんだ!』

『でけぇ……こいつは!?』

『それより怪我人を! カイルッ、こっちはいい! 村へ!』


 無数の声が通り過ぎてゆく。

 全て、アセットの足元で起こっている大惨事の中から聴こえてくる。

 その怒号どごうと悲鳴に急かされながら、アセットは敵を探した。

 すぐに「後ろですよ」というビルラの声がして、衝撃が襲った。

 大きく揺れた機体の中で、無数の言葉と光とが入り乱れる。まるで魔法で呼び出した魔造書プロパティみたいなものが、幾重いくえにも重なりながら瞬いていた。流れる文字は読めないが、表示が赤いので危機感が伝わってくる。


「今、火球の直撃を受けました。凄いですねえ……ドラゴンのブレス、ちょっとした恒星並みの熱量ですよ。あ、背部装甲の一部が第三層まで融解、自己修復を開始します」

「やられた? それってつまり!?」

「背中が焼けて溶けちゃった、ですよ。ブレスを浴びたんです」


 すぐにアセットは、メガリスを振り向かせる。踏ん張れと命じて、崩れ落ちそうな揺れの安定を念じる。その意思に応えてか、唸りを上げる巨体は踏み止まった。

 だが、そこにはドラゴンの姿がいない。

 足元に気を付けつつ、アセットは周囲に気を配った。

 上から獄炎インフェルノが降り注いだのは、その瞬間だった。


「上だ! 飛んでるっ!」

「直撃コースのものだけ避けてください。小さいものはこっちがオートで弾きますので」

「避けろって言われたって、うわわっ!」

「大丈夫ですよ、素人しろうとにしては驚くほどに動かせてます。……アセット、武術や格闘技の経験は?」

「ないよ! そんなの!」

「でしょうね。因みにミルフィは武芸百般ぶげいひゃっぱん素手すででライオンを倒せる程度の力があります」


 ライオンというのは、どんな猛獣だろうか? だが、あいにくとアセットは虫も殺せぬ軟弱者なのだ。だから、戦う自分を思い描けない。メガリスにどんな戦い方をさせていいかがわからないのだ。

 だが、ビルラは余裕たっぷりで、楽しんでいる節すらある。

 彼女が言うには、人類同盟じんるいどうめいとかいう国ではミルフィの年頃の少年少女は全員が兵士らしい。赤子の頃から戦うすべを叩き込まれ、頑強な戦士に成長する。あのしなやかな痩身そうしんには戦うための知識と筋力が凝縮されているのだ。


「よ、よし! ビルラ、こっちにも飛び道具はないの?」

「ありますよ、沢山。少々お待ちを」


 ドラゴンは空を自在に舞いながら、緩急かんきゅうをつけてブレスを吐き続けてくる。これをメガリスはぎこちなく避けながら、時には手で払いのけたりしていた。

 もう、アセットは必死である。

 突然現れた巨神を前に、自警団の男たちは大半が逃げ出していた。それで少しずつ、アセットもメガリスを動かし易くなる。それに、どうやらドラゴンはこちらへの攻撃を優先させているようだ。

 ドラゴンの注意を引けるなら、それはそれで好都合だ。

 そして、突然アセットの前に一覧表が現れた。


「これは!?」

「飛び道具、いわゆる射撃タイプの兵装一覧です。現状で一応、全てが使えますね」

「こんなにあるの!? どれだけ詰め込んでるのさ!」

「それはもう、パンパンにこれでもかと。ええと、禁忌兵装きんきへいそう、大気圏内での使用が不可なものを除外して……さ、どうぞ。バンバン撃ってみよー、ガンガンやってみよー」

「ビルラさあ、なんでそう平然としてるかなあ!」


 もうアセットは、迷わなかった。よくわからないけど、視界の中央にドラゴンを見据えて攻撃を念じる。脳裏に、無数の矢を並べて放つ。貧弱な腕力は弓を引いたことがなく、そのつるに矢をつがえたことさえない。

 だが、巨体の全身から矢が飛び出すイメージをメガリスに注ぎ込んだ。

 すると、爆音と共に光が空へ舞い上がった。

 まるで祝祭の夜に咲く花火のようだった。

 ドラゴンが短く悲鳴を叫んで、そして急降下する。翼をしならせ、高速で空を駆ける。その姿を必死にアセットは眼差まなざしで追いかけた。

 メガリスはその全身に、沢山の大砲が隠されていたようだ。


「当たらない、ってか、振り切られた!? どこにっ!」

「巨体の割りに俊敏しゅんびんですねえ。大きなトカゲってだけではないようです」

「ドラゴンだよ、ドラゴン! 普通なら戦いにすらならないんだ。くっ、どこだ」

「小口径の火器は光学兵装ビーム実弾兵装APも弾かれますね。かといって、火力の高い武器は速射性に欠けますし、うーん」


 衝撃が操縦席を突き抜けた。

 死角に回り込んだドラゴンが、飛び掛かってきたのである。翼が叩きつけてくる風圧の中で、鉤爪かぎづめの並ぶ後ろ足が交互に襲った。丁度頭上を抑えられた形で、キックの二連撃にメガリスがよろける。

 振り払うように腕を突き出したが、ガクン! と抵抗感に阻まれた。

 尾の一撃が腕を薙ぎ払ったのだ。

 アセットは思わず、操縦桿スティックを一層強く握り締める。

 だが、ドラゴンは空から高さの優位を占めて圧倒してきた。苦し紛れに突き出されたメガリスの前腕部を、強靭な尾で巻き取るや……そのまま放り投げた。

 あっという間に、メガリスが大地へと突っ伏して倒れる。


「ぐっ! しまった!」

「あー、今のはまずいですね。もともとのダメージもありますが、やばいです。割とマジでやばーい」

「なにを言って……えっ!?」


 アセットは絶句した。

 周囲をぐるりと囲む森が燃えている。その全てを見せつけられるような中、見知った小さな影が近寄ってくるのだ。それも、全速力で走ってくる。

 もうもうと黒煙が巻き上がる中、熱風にあおられながら走る少女……そう、女の子だ。それは、本来アセットの代わりにここに座っているべき人物である。

 思わずアセットは、気付けばミルフィの名を叫んでいた。

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