第22話「闘志、意思、祈り、願い」

 外の世界は今、灼熱しゃくねつ煉獄れんごく

 真っ赤な炎が影を踊らせている。

 その中を、ミルフィは疾駆しっくしていた。

 起き上がろうとするメガリスの間近に迫り、何かを必死に叫んでいる。その声が、いやに鮮明に操縦室に響き渡った。


『アセット、お前っ! なにやってんだ!』


 その声には、みなぎる覇気が感じられた。

 少なくとも、殲滅せんめつすべき敵であるエクス・マキナの言葉に、全てを否定されたショックは感じられない。まだそれを引きずっていても、今のミルフィは力強さを叫ぶ。


『ビルラ、お前も一緒だな! 今すぐアタシをそっちに上げろ!』


 思わずアセットは、背後に浮かぶビルラを振り返った。

 彼女は無言で、視線の高さに手を滑らせる。その指がなにかを叩くように動かされれば、周囲を包む風景の中に文字が走った。どうやら、ミルフィを乗せるようである。

 メガリスはうつ伏せに体を入れ替え、上体をわずかに起こした。

 胸の下へと走りこんできたミルフィへと、操縦席の扉を開く。

 生き物の焦げる臭いと共に、熱風が吹き込んでくる。

 ミルフィは驚異的なジャンプ力で跳躍した。


「ミルフィ!」

「アセット、手を!」


 アセットは身を乗り出して手を伸ばす。

 同時に、衝撃がメガリスを襲った。

 背中に向かって。ドラゴンがのしかかってきたのだ。けたたましい音が尖って歌い、真っ赤に染まった光の中でアセットは態勢を崩す。思わず座席から転げ落ちそうになったが、なんとかミルフィの手を握った。

 操縦席の中へと引っ張り上げようとするが、非力な筋力がすぐに悲鳴を上げる。

 その間もずっと、警笛けいてきのような音がドラゴンの攻撃を告げていた。


「ぐっ、んぎぎ……」

「お前、ほんっ、とうに! 体力ないな!」

「知ってる、よぉ!」


 なんとかミルフィが、もう片方の腕を伸ばす。その手が座席を掴むや、一気にアセットは下から持ち上げられた。助けるはずが助けられ、再び柔らかいシートに押し込められる。

 操縦席の扉が閉じて、再度全天の光景が密封された。

 ミルフィはすぐにビルラへと叫ぶ。


「ビルラ、状況の報告を!」

「稼働率は32%まで低下、致命的なダメージこそないものの防戦一方です」

「だろうな! けど、それもアタシが来たからにはここまでだ。逆転するぞ!」


 アセットは、そっと席をミルフィに譲ろうとした。

 だが、ミルフィはそれを手で制して驚きの行動に出る。


「なっ、ミルフィ! なにしてんの!?」

「重いか? 少しくらい我慢しろ! 各部ダメージチェック……よし、まだ戦えるな!」


 ビルラは躊躇ちゅうちょなく、アセットのひざの上に乗ってきた。そして、アセットの手に手を重ね、アセットごと操縦桿スティックを握る。焦げっぽい汗の匂いと共に、不思議と果実のような甘やかさが鼻孔をくすぐった。

 目の前にミルフィを抱える格好になって、流石さすがにアセットも気が気じゃない。


「もそもそ動くなよ、アセット!」

「なんでこんな!」

「しかたないだろ! お前がメガリス起動用のデバイスを持ってるんだ。この機体は、そのデバイスを装着した者がコクピットに座らないと、動かないの!」


 デバイスというのは、例の魔法の腕輪のことだ。

 ビルラがうんうんとうなずいているということは、そういう仕組みらしい。だから、アセットはデバイスとやらの装着者として、この椅子に座っていなければならないのだ。

 しかし、操縦は未熟なので、本来の搭乗者であるミルフィが上になっている。

 重くはないが、柔らかな熱量が密着してきて落ち着かない。


「機体を起こすぞ、ビルラ!」

「了解ですよ、ミルフィ。いつもの調子で軽く片付けてしまいましょう」

「軽く言ってくれるな、ホントに! ……まさか、メガリスで生き物を殺すことになるなんて」


 ゆっくりとメガリスが立ち上がる。 

 すかさずドラゴンは、空中から火焔を吐き出してきた。

 炎の濁流だくりゅが頭上から迫る。

 眩しさを見上げて、アセットは思わず身を固くした。まるでわが身に浴びせられるかのようで、目をつぶるのも忘れてしまう。

 だが、次の瞬間には景色が一変した。

 メガリスが高速で移動したのだと気付いて、胸の中のミルフィを見下ろす。


「回避できたな、思ったより速い……けど、速過ぎはしないっ!」

「ミルフィ、今度は前! 前から突進してくる!」

「わかってる! さあ、来い……何故なぜメガリスが人の姿をしているか、教えてやるっ!」


 ミルフィの目に、燦々さんさんと輝く闘志が燃えていた。

 それは彼女を、まるで別人のようにアセットに感じさせた。そして思い出す……大自然に驚き、簡単な料理にも大げさな感動を表現していたミルフィ。その本当の姿は、戦士なのだ。今のようにこうして、メガリスでずっと戦ってきたのが彼女なのだった。

 ミルフィの操縦が加わり、まるで別物のようにメガリスが機敏に動く。

 低空で突っ込んでくるドラゴンへ向かって、巨人は半身に身構えた。


「マスティのかたきだ、こいつめっ!」


 猛るミルフィが、皆を救った勇者の名を叫ぶ。

 激しい衝撃音が響いて、またも警報が鳴り響いた。それをビルラが処理する中、ミルフィは前だけ見てドラゴンを受け止める。

 長い首を脇に抱えるようにして締め上げ、そのまま隊を入れ替えた。

 四つに組みあった状態で。ドラゴンも尾をメガリスに巻き付けてくる。


「そうか、格闘戦をするために人の形に」

「アセット、ぼさっとしてないでお前も気持ちを込めろ! アタシだけじゃ……くっ、こいつ! なんて力だ、本当にただの原生動物なのか!?」

「ミルフィ、僕はどうすれば」


 ギシギシと嫌な音が響いて、ビルラの仕事が忙しそうだ。彼女は、乱舞する光の文字へ手をかざして、徐々に消耗してゆくメガリスの維持に集中している。

 人を食ったようなビルラの軽口が消えて、アセットは少し不安になった。

 だが、肩越しに振り返るミルフィが見上げてくる。


「アセット、基本的にメガリスは思念操縦だ。そして、搭乗者の意志の強さがそのままメガリスの力になる。だから、アタシを支えろ!」

「い、今まで通りでいいのかな」

「さっきから見てた、素人にしてはよくやったよ。なら、アタシだって落ち込んでなんかいられるもんか!」


 ドラゴンの力は、まるで無限に湧き上がってくるかのようにあっしてくる。鋼鉄のメガリスがきしみ、両足は徐々に大地をえぐって沈む。

 明らかにパワー負けしているが、ミルフィは必死で操縦桿スティックを握り締めていた。

 その手は、アセットの手を包んでいる。

 ならばと、アセットも集中力を高めて覚悟を決める。


「ミルフィ、力と力のぶつかり合いじゃ不利だ! 力を受け流して!」

「柔よく剛を制す、ってやつだな!」

「えっ、なにそれ」

「大昔の地球の言葉だ! よし、見てろよ!」


 不思議と、アセットの中にミルフィの姿が浮かび上がった。鍛え抜かれたしなやかな肉体美が、躍動する。そのイメージをメガリスへと注ぐように、強く強くミルフィの手を握った。

 そして、メガリスは双眸そうぼうに光を走らせるや咆哮ほうこうする。

 高鳴る金属音と共にメガリスは、ドラゴンの首根っこを掴まえたまま横に回転した。

 円の運動で、周囲の大気が竜巻のように逆巻く。

 二度三度と回転を加速させれば、徐々にドラゴンの巨体が宙へと吸い上げられた。遠心力を利用して、ドラゴンの強靭な四肢を大地から引きはがす。

 苦し紛れに羽撃はばたく翼さえも、今はメガリスのパワーにねじ伏せられていた。


「今だ、ミルフィ! ブン投げて!」


 アセットの言葉と同時に、臨界まで高めた回転力が解放される。メガリスの両腕は、がっちりとホールドしていたドラゴンの首を解き放った。巨体の重量そのものが強烈な荷重移動をうながし、ドラゴンが夜空へと放り投げられる。

 次の瞬間には、ミルフィはメガリスを跳躍させていた。

 夜空には、爆炎が巻き上げた煙が充満し、その隙間に満月が浮かんでいる。

 月影にくっきりと刻まれたドラゴンのシルエットへと、メガリスがぶ。


「これでっ、終わりだ!」

「終わらせ過ぎないでよ、ミルフィ!」

「なんで!? きっちりトドメをささないと――」

「前だけ見て! 本気で蹴って! 僕はそこに手加減を念じてみる!」


 アセットには何故なぜか、ミルフィの考えていることがはっきりわかった。メガリスを通じて、二人の思考が重なり交じり合う。

 自然とメガリスは、加速しながら一回転して、天を切り裂く蹴りを繰り出した。

 そのまま、真下からドラゴンを捉えて、直撃で突き抜ける。

 アセットは密かに、死ぬなよと祈った。

 村さえ無事なら、みんなが無事なら……命を奪う必要なんかないのだ。


「やったか!? ……チッ、まだ生きてる、飛んでるぞアイツ!」

「いや、もういいんだ。ほら見て、ミルフィ。逃げてくよ……」

「追撃は……やめとこう。クソッ、機体があちこちガタガタだ」


 そうは言いながらも、振り返るミルフィに勝気な笑みが浮かぶ。

 彼女の素直な笑顔に、自然とアセットも安堵あんどの溜息が出た。

 自然と見詰め合えば、勝利の興奮が込み上げてくる。なにより、村を守れた気がしてとても誇らしい。

 アセットは今まで、戦いを忌避きひしてきた。

 み嫌うあまり、考えないようにしていたのである。

 だが、この夏の帰省きせいが彼に考える意味を与えてくれた。不思議な出会いの数々が、自分の中でわだかまっていた暗い気持ちに、形を与えてくれたのだ。

 だから、向き合えたし答えも出せた。


「ありがとう、ミルフィ。君のおかげだ」

「なっ、なにを今更いまさら……先に助けられたのはアタシだぞ? あの時、アセットたちに助けられてなかったら、死んでたかもしれない。アタシは、思っていたより弱いんだな」

「そんなことないよ。僕たち、強いさ。僕も、ミルフィの強さに憧れたたな」


 不意にミルフィは、シュボッ! と真っ赤になった。

 そして、もじもじと前を向いてしまう。

 白い髪から覗く耳が、ほんのりと紅潮こうちょうしているのが見えた。

 だが、勝利の余韻よいんにひたる贅沢もここまでだった。


「で、お二人とも。落ちますが、気を付けてください」

「え? ま、待って、ビルラ。どうして……なんで?」

「メガリスのエネルギーが尽きました。基本的に永久機関で動いているんですが、戦闘時は放出が供給を上回るため、一時的に枯渇こかつするんですね。あと少しで落ちます」

「ま、待って!」

「あと三秒、二、一……」

「もっと早く教えてよ!」


 咄嗟とっさにアセットは、腕の中のミルフィを抱き締めた。

 鈍い衝撃と共に、メガリスは貯水池に墜落した。膨大な水が空へと舞い上がり、豪雨となって周囲に降り注ぐ中……座席から転げ落ちたアセットは、気を失ってしまうのだった。

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