第12話「メガリスの鼓動」

 自慢じゃないが、アセットは自分の軟弱さ、非力さに自信がある。

 本当に自慢にもならないが、体力勝負は苦手なのだ。

 だが、鎮守ちんじゅの森を走ればすぐにミルフィに追いついた。

 鹿しかを見失ったらしい彼女が、大樹の前で振り返る。

 白い肌は上気して赤みが差し、わずかに呼吸を乱したミルフィは笑っていた。


「凄いな、土の大地に木々があって、動物までいる! どれも初めて見た!」

「そ、そう……君の世界じゃ、僕たちの普通は普通じゃないみたいだ」

「どれも、人類から失われて久しいものばかりなんだ……」


 瞳を輝かせるミルフィは、ふと思い出したように再び走り出す。

 追いついてきたカイルたちと共に、アセットも巨大な木の裏側へと回り込んだ。天を覆うかのような守り神の木は、無数の木漏こもれ日で周囲を優しく包んでいる。

 そして、その影に今……恐るべき力を眠らせているのだった。

 それをの当たりにした一同は、息を飲む。


「こ、これが……ミルフィの言ってた、巨神ですの?」

「へえ、これはまた……まさに、巨神。大いなる魔神といったおもむきだねえ」


 シャルフリーデとマスティは、見上げる巨大な構造物に目を丸くしていた。

 一方で、何故なぜか得意気なロレッタがいる。

 いやいや、君のものじゃないだろ……そう思った、その時だった。

 アセットの腕輪が光り、ビルラが姿を現した。


「光学迷彩、解除……ふむ、自己修復は順調のようですね。しかし、これ以上の効率化は難しい。やはり、時間がかかります」


 ビルラは、周囲に無数の光を走らせた。

 それは全て、平面の板切れみたいに浮かんでいる。

 文字らしきものが乱舞していたが、アセットには全く読めなかった。

 だが、似ている……魔法を使う時に呼び出す、魔造書プロパティにそっくりだ。

 念結アクセスによって呼び出す魔造書プロパティは、これは魔法を使うために必要な手続きだ。どんな魔法も、両手を組み合わせて広げる動作で、魔造書プロパティを呼び出さなければいけない。

 ビルラにそんな挙動はなかったし、一度に何枚もの魔造書プロパティを出すことは不可能だ。

 やはり、科学とは魔法とは別物で、何倍も凄い技術なのかもしれない。


「ね、ねえ、ちょっと! ミルフィ、危ないわ!」

「平気さ、ロレッタ! ビルラ、コクピットに上げて……ビルラ? ああ、そうか」


 ロレッタが注意する中、ミルフィはメガリスに駆け寄る。

 あとを追えば、巨大な影がアセットを覆った。

 見上げる巨躯きょくは、まさに神々こうごうしい威容だ。よろいを着込んだ騎士のようでもあり、絵草紙えぞうしに出てくる悪魔のようにも見える。いかつい全身は、直線と曲線とが複雑に入り組んで装甲を形成していた。

 そう、装甲だ。

 全身を硬い材質で覆って、あらゆる攻撃に備えている姿だ。

 メガリスは戦うための兵器なのだから、それは当然かもしれない。

 それでも、人の姿をした兵器に、アセットは奇妙な寒々しさを感じた。

 そんなことを考えていると、ミルフィが駆け寄ってくる。


「アセット、そのデバイスを返せ! それはアタシんだ! それがないと、メガリスに乗れない」

「え? あ、うん。でもこれ、外れないんだよね」

「えっ? そんなの、困る! おいっ、ビルラ! どういうつもりだ!」


 カイルたちにメガリスの説明をしていたビルラが、ミルフィの剣幕に振り向いた。

 酷く面倒臭そうな顔をしたが、すぐに彼女は普段の無表情に戻る。


「ああ、ミルフィが行動不能になったので、仮のマスターとしてアセット君に装備してもらってます」

「なら、アタシはもう大丈夫だ。元に戻せ!」

「いやあ、なにせ非常事態でして……ミルフィの回復もまだまだですし」

「なんだとっ!? まだそんなことを言って――」


 ビルラに詰め寄ろうとして、不意にミルフィはよろけた。

 前職疾走したあともあって、支えてやれば全身が熱く汗をにじませている。本来の彼女なら、あれしきの全力疾走くらいなんでもなかったのではと思う。なにぜ、戦うために鍛えられた兵士を自称しているのだから。

 ミルフィはすぐにアセットの手を振り払った。

 そんな彼女を見て、やれやれとビルラは首を横に振る。


「メガリスの現状把握に関しては、私も賛成です。軽くチェックしましたが、細かなところはミルフィがコクピットに座ってもらわないといけません」

「当然だ! だから、こいつから……アセットからデバイスを!」

「まあまあ、彼も一緒に上がればいいでしょう。それ、ぽちっとな」


 どうにもビルラはふざけているような、人を食った印象がある。

 彼女の謎の呪文と同時に、アセットの腕輪が光り出した。

 そして、見上げるメガリスの目に光が灯る。

 それは、血のように赤い双眸そうぼうだった。

 かぶとを被ったような強面の奥に、真紅の光が並んで輝く。

 そして、ゆっくりとメガリスはその場に屈んだ。


「きゃっ! 揺れる!?」

「掴まれ、ロレッタ! って、うおおっ!?」

「あーん、カイル! わたくしもよろけてしまいますわっ!」


 激震が走った。

 高さ30mメルテ以上の巨体が、片膝を突く。

 空気は沸騰ふっとうしたように震えて、轟音が響いた。

 まるで、無数の稲光いなびかりが同時に降り注ぐような音だ。

 甲高くて、耳障りな金切り声。

 そして、鉄と油が熱せられるような臭いも鼻をついた。

 動き出したメガリスは、今までの何倍も恐ろしい。


「よし、乗るぞアセット」

「へっ? いや、ちょっと待って」

「お前じゃなくてデバイスに用があるんだが、ビルラのやつめ。ちょっと、いいか?」

「い、いや、いいとか悪いとか」


 不意にミルフィが身を寄せてくる。

 彼女は、アセットの腕にはめられた指輪に触れた。なにか操作をしたらしく、アセットは初めて光の出す音を聞いた。Piピッ! Piピッ! とまるで、七色の虹が溶け散るような音だった。

 ミルフィの操作に合わせて、メガリスがそっと右手を差し出してくる。

 黒光りする鋼鉄の手には、鋭く尖った爪の指が五本生えていた。


「乗るぞ」

「ちょ、ちょっと待って」

「待てない! よし、上げろ!」

「うわわっ!」


 ミルフィは強引にアセットの腕を引っ張り、メガリスの手の平に乗る。

 例の離れの寝室くらいもある、大きな大きな手だ。それが僅かに指を立てれば、まるで鉄のおりに囚われたような錯覚さえ感じる。

 ゆっくりとミルフィとアセットを乗せたまま、メガリスは腕を持ち上げた。

 下では、カイルやロレッタ、シャルフリーデがなにかを叫んでいた。


「ゆ、揺れる……落ちるっ!」

「落ちないって。アセット、それでもお前は男か?」

「それでも男か、か。初めてミルフィと僕の世界に同じ価値観を見出したよ」

「前時代的だっていうんだろ?」

「そ、そうなの? 今の僕たちには、かな」


 そうこうしていると、メガリスはアセットたちを胸の前に持ち上げた。

 メガリスの胸部が、複雑に割れて上下に開く。

 その奥には、小さな部屋があった。

 ミルフィはひょいと身軽に飛び移って、振り向きアセットを視線で呼ぶ。なるべく下を見ないようにして、アセットもその後に続いた。

 室内に入ると、意外な光景が二人を包んだ。


「なっ……外だ!? 外に出た、いや違う……これは!」

「システムチェック、スキャン開始。ビルラ、全機能解放。……ん? ああそうか。アセット、落ち着け。これはメガリスの見ている光景を切り貼りしたものだ」


 そう、

 巨大な球形の内側にアセットは今、立っている。中心には玉座にも似た椅子があり、そこにミルフィは収まった。ぐるりと周囲の上下左右に、鎮守の森が広がっている。

 メガリスが見ている光景とはよく言ったものだ。

 足元に視線を落とせば、地上からこちらを見上げる仲間たちの姿が小さい。

 ビルラは、巨神視点で構築された映像の中に浮かんでいた。

 驚きにアセットが言葉を失っていると、悲鳴が響いた。


「ひっ! な、なんだ!? 敵だっ! ……銃が出ない!? あっ!」


 椅子から転げ落ちたミルフィが、奇妙な構えのまま固まる。

 その足元を、リスが外に向かって走り出ていった。

 溜息ためいきを零しつつ、ビルラが説明してくれる。


「先日コクピットを這い出た時、野生の動物が入り込んだのでしょう。それと……ミルフィ、銃に頼るのはおよしなさい」

「今のが敵だったら、やられていたんだぞ!」

「敵はいません。ここはおろか、この惑星、この星系に敵はいないと思いますよ」

「なんでそう言い切れる」

「私たちが負けたからです。そんな訳で、銃の転送、物質化にセキュリティを施しました。この未開文明の世界で、銃を撃てば……それだけで、世界のことわりは書き換わってしまいます」


 難しいことを言っているが、アセットにも銃とやらの恐ろしさが伝わってくる。

 恐らく、昨日初めてミルフィと会った時に突きつけられた、あの武器だ。

 アセットたちの世界にも似たような武器がある……機械仕掛けでつるを引き絞る、ボウガンだ。人間の腕力よりも強い機械の力は、より殺傷力の強い矢を射掛いかけることができる。

 一応、人間同士の争いや諍いでは、ボウガンを用いることは禁止されていた。

 鎧も兜も貫通してしまう、強過ぎる威力を秘めているからである。


「そういえば、ゼンマイの代わりに魔法でボウガンを動かす研究、あったなあ」

「ん? どした、アセット」

「なんでもないよ、それより」

「ああ、わかってる。アタシは忙しいから、ビルラ! ちょっと付き合ってやれ」


 それだけ言って、再び座席に戻ってミルフィはなにやら作業を始めた。

 そして、ビルラがそっと手をかざすと……再びメガリスが大きく揺れる。再度手を下ろしたメガリスは、カイルやロレッタ、シャルフリーデを乗せて立ち上がった。

 守り神の巨木に迫る高さまで、視線が持ち上がる。

 鎮守の森を一望する景色の中へ、仲間たちを乗せた手が突き出された。

 あまりの絶景に、アセットもただただ驚くばかりである。

 一人だけ地上に残ったマスティが、複雑な表情で見上げてくるのには気付けないままだった。

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