第13話「その敵の名は、エクス・マキナ」

 絶景の中、アセットは目を凝らす。

 広がる鎮守ちんじゅの森の向こうへ、細く街道かいどうが伸びていた。その先にはほかの村々があって、王都おうとがあるはずだが、ここからは見えない。

 巨人の視点で全てを俯瞰ふかんすると、あらゆることが小さく感じられた。

 魔法を聞きかじった程度で、戦争に参加しようとする少年少女。正義のためならばと、戦争に肯定的な大人たち。そして、そんな情勢と無関係であるかのような故郷の平和。

 恐るべき巨大兵器が息をひそめているとも知らず、今日も世界は回っている。


「ねえ、ミルフィ。村の方から見えてないかな? メガリスは」

「それは大丈夫だ。光学迷彩こうがくめいさいを部分的に展開しているからな。……クソッ、やっぱりだ!」

「どうしたの?」

「周囲に友軍が見当たらない。索敵できる範囲では、アタシは孤立したことになる」


 がっかししたように言葉をくもらせつつ、ミルフィは手と指とを滑らせる。

 やはりここでも、宙空に浮かぶ光の板が活躍している。魔法の魔造書プロパティにも似ていて、ミルフィの操作に輝く文字。どんどん光の文章は流れてゆき、それを目で追いながらミルフィは作業に没頭していた。

 ふと、開けっ放しの出入り口から外を覗く。

 突き出した右腕の先では、ロレッタが興奮気味に声を弾ませていた。その歓声が風に乗って届くが、メガリスの作動音の中で子渡場までは拾えない。


「なにを話してるのかな、あの三人」

「気になりますか? アセット」


 ミルフィに代わって、風景の中を泳ぐビルラが応えてくれる。

 彼女が手を振り妙なしぐさをした、次の瞬間……不意に、室内に声が響いた。

 あんなに距離があるのに、巨神の胸の中にいるまま、巨神の腕の先から会話が届く。


『すごーい! 見て見て、カイル! シャルも! まるで飛んでるみたいだわ!』

『こっ、ここ、これくらい……王都にだって、高い建物がありましてよっ』

『はは、なんだ? お嬢様は震えてんのかよ。しっかし、凄い見晴らしだな』


 ロレッタとシャルフリーデ、そしてカイルの声が響く。

 一度だけミルフィが顔を上げたが、気にした様子もなくまた作業に戻っていった。

 ビルラもビルラで、なにか忙しそうに情報のかたまりを行き来させ始める。

 アセットだけがのんびりと、仲間たちから離れた場所で遠景に目を細めていた。


『おっ、おお、落ちたら死ぬわ……100mメルテはあるもの』

『そんなにはないよ、せいぜい25か30くらいかな。なあ、ロレッタ』

『守り神の大樹よりは低いから、それくらいね。小さい頃にその守り神に登った時は、王都の方まで見渡せたわ』


 ロレッタは身のこなしが軽くて、運動神経は抜群だ。

 追いつけるのはいつも、カイルくらいである。

 そう、いつもアセットは二人を追いかけて、見送っていた気がする。それに気付くと、二人とも一緒に戻ってくるのだ。そうして一緒に、大人になると思っていた。

 ほぼほぼ予想通りに日々は過ぎ去り、なんでもない日常は続く。

 こんな突飛な秘密の一大事も、過ぎ去ればいい思い出になるのかもしれない。

 そう思うと不意に寂しくて、ミルフィの声に最初は気付かなかった。


「――おい! アセット! 返事をしろ、アセット!」

「えっ? あ、ああ、なに?」


 振り向くと、大きな椅子に埋もれるようにしてミルフィが働いていた。

 彼女は血相を変えており、ビルラも近くに寄り添っている。

 光の照り返しを受けて、二人の表情がより深刻に見えた。


「アセット、ちょっと来てくれ。この座標にはなにがある?」

「えっと、どれどれ」

「急いでくれ! ……こんな近くに? まさか」


 逼迫ひっぱくした声にせかされて、アセットは座席の背後に回り込んだ。

 ミルフィと顔を並べて覗き込めば、地図らしきものが浮かび上がっている。しかも、地形の高低差や森の分布までもが、まるで箱庭のようにありありと象られていた。

 その技術にも驚いたが、ミルフィの気色ばんだ声も不思議である。


「この場所だ! ここにはなにがある?」

「えっと、待って……あれ? ここって」

「ここに敵の反応がある! もしかして、アタシをやった奴かもしれない!」

「えっ? 敵? それって」

「アタシたち人類同盟じんるいどうめいは、敵をと呼んでいる」


 すかさずビルラが、古い言葉で『』という意味だと教えてくれる。つまり、アセットたちの世界でいうところのカラクリ、バネ仕掛けやゼンマイを使った工芸品みたいなものだろうか? だが、それが敵の名なら、もっと恐ろしいものな気もする。

 とりあえず、ぼんやりと光る地図をアセットも凝視した。


「ここの中心、光ってるのは?」

「このメガリスの現在地だ。ほら、あのデカい大樹も一緒だ」

「ああ、なるほど」

「かなり近い位置に反応がある。やはり、不時着したメガリスを追いかけてきたんだ」


 なるほど、森の中にひときわ大きな木の影が浮かんでいる。その根元に光点があって、それがアセットたちの現在位置だ。

 そして、歩いて行ける距離、さらなる森の奥に赤い光が明滅している。

 不気味に光るそれは、敵の反応だとミルフィは言うのだ。


「この方角……もしかして。ちょっと待ってね、ミルフィ」


 胸がざわつく。

 その方向になにがあるかを、もうすでに思い出している。

 でも、幼少期の思い出に恐ろしい敵が重なってるかと思うと、つい慎重になる。なにかの間違いであってくれればと、祈るような気持ちが魔法を使わせた。


「――念桔アクセス。森の小鳥よ、草花よ……かの地に埋もれしわざわいの正体は?」


 すぐに魔造書が現れ、魔法が実行された。

 そして、アセットの直感は真実へと繋がる。

 思った通り、そこはアセットたちにとって忘れられない場所だった。

 現れた空中の矢印は、そのまま膨らみ光のになる。その中には、朽ちて廃墟となった石造りの建造物が映し出された。ぼやけてにじんだ光景だが、アセットにははっきりと見て取れる。


「……この森の奥にある、遺跡だ。歩いて小一時間ってとこかな」

「遺跡?」

「うん。鎮守の森も貯水池ちょすいちも、基本的に子供は入っちゃいけないんだ。それは、村の大事な水源だからもあるけど……この遺跡があるからだって言われてる」

「そこにエクス・マキナが……クッ、今すぐメガリスでやっつけてやる!」


 突如足元が、激震に揺れる。

 悲鳴が響いて、外を見やればロレッタたちが必死で巨大な指にしがみついていた。

 そして、妙に胸をざわめかせる音が響き渡った。

 まるで、耳の奥を掻きむしるようなとがった音だ。


「くっ、警報? ダメージによる行動不能……ええい、動けないとは!」


 ミルフィはいらただしげに椅子のひじ掛けを叩いた。

 そんな彼女をよそに、そっとビルラがくちびるを寄せてくる。


「メガリスはまだ、現時点では戦闘が不可能です。それに、ミルフィも」

「あ、ああ。とりあえずロレッタたちを安全に下ろしてあげて。それから次のことを考えよう」

「ええ、そうしましょう」


 ミルフィが短く何かを叫んで、椅子の中央で視線を周囲に走らせる。

 世界を見渡すような千里眼の部屋に、次々と文章が浮かんでは消えた。

 そして、耳をつんざく音も収まり、静かにメガリスは再び片膝を突く。

 どうやら、ミルフィは今すぐ決戦に挑むことを諦めてくれたようだ。


「クソッ、肝心な時に……」

「焦らず今は、機体と自分の回復に専念しましょう、ミルフィ」

「でも、ビルラ……エクス・マキナは法を持たない、冷血な殺戮マシーンだ。このような未開文明の惑星で暴れ回れば」

「文明レベルに差があり過ぎます。一夜で人類は殲滅せんめつされるでしょうね……魔法を使えても、この惑星はまだまだ中世の封建社会で、その上に文明レベルはかなり低いですし」


 一夜で全滅。

 そんな、信じられない。

 アセットが知るだけでも、王国には百万人前後の臣民しんみんがいる。王都に暮らしているのはごくごく一部で、多くはあちこちの集落に散らばって住み、大きいものは町となって栄えている。

 物理的な距離から見ても、一晩でその全てを滅ぼすのは不可能だ。

 移動だけで何日もかかるはずである。


「ねえ、ミルフィ……ビルラも。エクス・マキナって、そんなに危険なの?」


 アセットの率直な問いに、ミルフィは緊張感を尖らせた。

 そこには、悲壮な決意に焦れる少女兵が、戦士の顔があった。


「エクス・マキナっていうのはな、アセット……遥か太古の昔、アタシたち人類を裏切って暴走した機械群だ。もう、アタシたちはエクス・マキナを追って700年も戦ってる」

「700年だって!?」

父祖ふその代よりずっと前、まだアタシたちの祖先が地球に暮らしていた時からだ。正確に言うと、地球が駄目になって、暮らせなくなった時……機械が人類を裏切ったといわれている」


 途方もないスケールの話だ。

 700年前という過去は、この世界ではまだまだ神話の時代である。

 そして、人間たちを裏切る機械というのが、なかなかアセットには想像できない。それでも、ミルフィと共にメガリスの操縦席から出て地上に降りる。

 腕輪の中に再び去ったビルラは、最後に何かを言いかけていたが、口をつぐんで消えるのだった。

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