第2話「幼馴染たち」

 アルケー村の平穏は、流れ星によって持ち去られた。

 村一番の秀才少年の帰郷ききょう、その実は都落みやこおちも話題にならない。それはかえって、アセットにとっては幸運なことだった。

 昨夜は久々の実家に戻ったが、仕事で忙しい母とはゆっくり話せていない。

 朝は逆に母が休んでいるため、アセットは例の流星を探すことにした。


「まあ、大騒ぎにはなるよね。……ん、妙だな」


 村の外れ、森の奥。

 そこから先は、進むほどに人の暮らしと安全を失ってゆく。

 それでも、森はアルケー村にかてをもたらし、多くの者たちが生活の場としていた。危険な魔物も出るが、野生の動物も村へは入ってこない。

 人が入れるのは、動物たちにとっても緩衝地帯である浅い場所だけだ。

 だが、その森が見るも無残に焼けていた。


「ここに落ちたことは間違いない、みたいだけど」


 アセットは、集まっている大人たちから離れた場所で周囲を見渡す。

 焦げ臭い臭いが充満していてい、一夜明けた今も煙がくすぶっている場所もある。山火事だけは避けたいので、周囲の木々に斧を入れている男たちも見受けられた。

 だが、奇妙なことに……大惨事の元凶がどこにも見当たらない。

 そう、昨夜見上げた巨人のような落下物がないのだ。

 村人たちは、そのことよりも森の方が気になるようである。


「だけど、ここに間違いはない。隕石だったとしたら、自分で動いて移動するなんてことは」


 大人たちを避けるように迂回うかいして、アセットはえぐれた大地にかがむ。

 木々をぎ倒して森をえぐるように、巨大なわだちが地面にきざまれていた。手で触れてみると、まだ熱を持っている。アセットは伏せるように身を低くして、注意深く観察眼を働かせた。


硝子ガラスだ……高熱にさらされて、土の中の成分が変化したんだ」


 わずかに、朝日を浴びて光る粒が認められた。それは、落下してきた何かが熱したことで生まれた、小さな小さな硝子の粒である。それが無数に轍を輝かせている。

 間違いない、昨夜のあれはここに降ってきた。

 だが、巨大な質量にも関わらず、これだけの痕跡を残しながら……

 その謎を考えていると、頭上から声が降ってくる。


「おはよう、アセット! ……なにしてるの?」

「やあ、ロレッタ。おはよう」

「昨日の流れ星、ここに落ちたのね。村をれてよかった……家が燃えちゃったら困るもの」

「だね。でも、その流れ星っていうか、落下物自体が」


 ふと顔を上げると、目の前にロレッタの足がある。草でんだサンダルに素足すあしで、すらりとした脚線美きゃくせんびはスカートの中へと伸びていた。

 見上げると、ロレッタが「あっ!」と一歩飛び退いた。


「いや、見えてないし、見てないから。それより」

「……それより?」

「やっぱり妙だな。仮に昨日のあれが隕石だったとして」

「隕石、って?」

「流れ星のことさ。ようするに、星空に浮かんでる大きな石ころなんだ。それが隕石で、流れ星になって時々落ちてくる」

「石ころ? だって、星なんでしょ? あの、夜空に光ってる」

「まあね。王立魔学院アカデミーだって、そのへんの詳しいことはまだまだ研究中なんだ」


 世界は未知と神秘に満ちている。

 魔法を習ったアセットだって、どういう原理で魔法が様々な効果を発揮するかはわからないのだ。教えてる教師たちもそう。ただ、魔法が『法則性を持つ手順で、本来あるべき過程をスッ飛ばして結果を得る術』という現象なのは理解されていた。

 夜空の星だって、どうして光っているのかはわからない。

 ただ、それが落ちてきて初めて人は、巨大な岩の塊だと知ったのだ。


「やっぱり物知りね、アセットは。ねえ、その辺りの話……ちょっと聞きたいかも」

「ん、興味ある?」

「だって、村じゃ読み書きと計算くらいしか教えてもらえないんだもの」

「それだけでも、アルケー村は恵まれてる方だけどね。村長が熱心でさ」


 アセットは立ち上がると、ズボンのひざを叩いて汚れを落とした。

 それは、二人に声が歩み寄ってくるのと同時だった。


「よう、アセット! 昨日帰ってきたんだってな。すぐ俺んちに顔を出さないなんて、水臭みずくさいじゃないか」


 振り向くと、よく日に焼けた少年が笑っていた。アセットとは真逆で、浅黒い肌で背が高く、細身だが適度な筋肉を身にまとっている。顔付きも大人びて精悍だが、今は子供みたいな笑みを浮かべていた。


「やあ、カイル。この騒ぎじゃ、君は忙しいかと思って。僕も疲れてたしね」

「昨夜は一瞬、真昼みたいな明るさだったからな。流れ星はよく見るが、こんな近くに落ちてくるなんてぞっとするね」

「流れ星なら、ね」

「まあでも、大した被害がなくてよかったよ。ロレッタもびっくりしたろ」


 ロレッタは何度も大きくうなずいていた。

 カイルもロレッタと同じで、アセットの幼馴染おさななじみだ。村長の息子で、このアルケー村を開いた一族である。アセットは村の秀才だが、カイルはよく天才的な才能を見せることがある。利発的で飲み込みがよく、おまけに体力もあるのだ。

 小さな頃から、子供たちのリーダーは決まってカイルだった。


「ねえ、カイル。知ってるかしら? 隕石って言うのよ、流れ星のこと。大きな岩なんですって」

「なんの話だ、ロレッタ」

「さっきアセットが教えてくれたわ。王都って凄いのね、学問もうんと進んでる気がする」

「そりゃそうだろ。で? 流れ星の正体は岩なのか? じゃあ、なんで光るんだよ」

「それを考えて見つけるのは、アセットたちのお仕事じゃない。……わたしは女だから、そういうのに混ぜてもらえないわ」

「そうだな。お前さんはまず、家のことを沢山覚えてもらわないと」


 ほがらかに笑って、さてとカイルはアセットに向き直った。

 にぶいアセットでも、カイルとロレッタの間に以前とは違う空気が流れているのに気付く。だが、詮索はしない。というか、消えた落下物のことで頭がいっぱいだった。


「アセット、いつまでこっちにいられるんだ?」

「ん、実は……まあ、しばらくいるつもりだけど、ひょっとしたら王都にはもう戻らないかも」

「まあ、都会じゃ戦争で盛り上がってるからなあ。俺の親父おやじもこないだ、領主様に呼び出されてたよ」

「……この辺りにも、魔物が?」

「ああ、ちらほらとな。そのことで、さ……アセット」


 王国は今、未曾有の危機にひんしている。

 ――らしい。

 どこか他人事で現実感はないが、戦争をやっているのだ。遠く北の地から、魔物の軍勢が攻めてくるのである。魔王を名乗る者が、野鬼ゴブリン狗人コボルト扇動せんどうして人間の国を襲っている。人間たちは団結してこれに対抗しているが、一進一退の攻防がもう何ヶ月も続いていた。

 戦況せんきょうかんばしくないから、魔法使いが足りないという話にもなっている。

 憂鬱ゆううつな話で、アセットは思い出されたそのことをすぐに記憶の奥へ沈める。


「アセット、お前も自警団じけいだんを手伝わないか?」

「自警団?」

「最近、ちょこちょこ出るんだよ……狗人コボルトがさ。それも、一匹や二匹じゃないんだ」

「それは心配な話だね。けど、僕は荒事は苦手だし、体力はからっきしだから」

「でも、魔法が使えるんだろ?」


 考えておいてくれと、カイルはポンポン肩を叩いてくる。

 魔法が便利で万能なものだと思うのは、知らない人ほどそうだ。アセットは気を悪くしたりはしないが、考えておくとだけ返事をにごす。

 そうこうしていると、大人たちがカイルを大声で呼んだ。


「坊っちゃん! ちょいと来てくれますかね!」

「ああ、わかった! すぐ行く! じゃあな、アセット。今夜にでも家に来いよ。ロレッタに焼き菓子でも作らせるからさ」


 それだけ言って、カイルは行ってしまった。

 その背を見送り、ふむとアセットはうなる。


「ああ、そうか。えっと、ロレッタ? おめで、とう?」

「ありがと。ねえ、どうして疑問形なの? ……あと、それだけ、なの?」

「いや、まあ……でも、カイルはいい奴だよ。知ってるだろ?」

「嫌ってほどね。ま、いいわ。そういう訳なのよ。それで? その、隕石とかってのはどこに行っちゃったのかしら。燃え尽きちゃったのかもね、意外と」


 ロレッタは学はないが、なかなかに鋭いところがある。こういう時の彼女は、決まって女のかんだと言って笑うのだ。

 だが、アセットは気になる。

 実際、流星の大半は落下前に燃え尽きてしまうと、王立魔学院アカデミーでも習った。

 普通の流星ならば、それも考えられるだろう。

 昨夜のあれはでも、そういう類のものには見えなかった。


「顔があって、手足もあるように見えた。なら、立ったり歩いたりするものなんじゃ」

「アセット?」

「ん、ああ。ごめんごめん、ちょっと独り言。それよりロレッタ……魔法、見たくない?」

「えっ? みっ、見たい! なによ突然、それももったいぶって」

「いや、気になるんだよ。落ちてきたのはなんなのか、そしてどこへ行ったのか」


 そう言ってアセットは歩き出す。

 彼は昨夜、はっきりと見た。大気を揺るがし轟音を響かせ、頭上を通り過ぎた物体……それは、燃え盛る炎のかんたいにも見えて、その中に人の姿を秘めていた気がする。そう、巨人だ。巨大な人が降ってきたように見えたのだ。


「早く早くっ! いいから早く見せなさいよ、アセット! ねえ、光るの? それとも飛ぶのかしら。絵草紙えぞうしの物語みたいに、火が出たり氷が現れたりするのもいいわね!」

「いや、そういう派手なのはあまり……僕、まだまだ勉強中だからね」


 右に左にと身を乗り出して、ロレッタが楽しそうに笑う。

 そのまぶしさが、アセットにはもう以前と同じには見えなかった。

 二年も故郷を開けてるうちに、彼女は村長の息子にとつぐことが決まっていたのだった。

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