カントリークエスト
ながやん
第1話「おかえり、大切な人」
地平を
今、夜の
名は、アセット。
今年で十五になるアセットは、久々に故郷へと帰ってきたのだ。
「ありがとうございました、おじさん。助かりました」
「なに、礼を言うのはこっちの方さ。
「いえ、まあ……そう言って頂けると嬉しいです」
「こんなご時世だ、学生さんももうすぐ最前線に出るんだろうしな。しっかり親孝行してやんな」
「……ええ、そうしてみるつもりです」
笑う商人の男が
その姿を見送って、アセットは小さな
「最前線、か。……言えないよなあ、逃げてきたなんて」
戦争の影が今、王国を暗く包む。
見上げる夜空と違って、そこに星々の
そんな戦争は日々激化し、魔法を学ぶ少年少女たちも選択を迫られていた。
アセットもまた、そんな日々に悩める一人である。
それでも、久々の
暗さに目が慣れ始めた頃、突然アセットは呼び止められた。
「おかえり、アセット! ……やだ、あなたアセットよね? なんか……少し、雰囲気変わった?」
辺りを見回すも、声の
だが、聞き覚えのある少女の声は
そして、次の一言でアセットは頭上を見上げる。
村の入口にある大樹の上に、小さな影がランタンを
ぼんやりとした光に、あどけない表情が
「やあ、ロレッタ。久しぶりだね」
「そうよ、久しぶりなの。前に会ったのは、もう二年も前だわ。アセット、ちっとも帰ってこないんですもの」
「そうかな」
「そう、よ! っと!」
ロレッタと呼ばれた少女は、身軽さを見せつけるように降りてくる。
あっという間に彼女は、アセットの目の前まで駆けてきた。転がるような、
少し改まって身を正すと、ロレッタは手に持つランタンを近付けてくる。
「やっぱり、少し変わったわ。大人びた、っていうのかしら? うん、悪くないけど……ねえ、アセット。疲れてる?」
「まあね。王都から一昼夜、ずっと荷物と一緒に馬車に揺られてたんだ」
「それはご苦労さま。さ、行きましょう!」
母に手紙で
二年とちょっとで、ロレッタは
薄闇の中でも、それがはっきりとわかる。
長く伸ばした金髪が今、月明かりに波打つかのよう。簡素なシャツとスカートも、中身が変わればちょっとしたドレスみたいだ。
「ねえ、アセット。王都の暮らしはどう?」
「ああ、そうだね……勉強は楽しいよ。毎日が充実してる」
「そう、よかったのだわ。こっちはずっと平和、平凡で退屈……目新しい出来事なんてなにもない。そう、なにもない……なんでもないことなんだけど」
ふと、ロレッタが立ち止まった。
彼女はそのまま、振り返る。
そして、不意にランタンの明かりへ息を吹きかけた。
声が鮮明さを増して、はっきりとアセットの耳に忍び込んできた。
「あのね、アセット……わたし、今度」
「ロレッタ? なにを」
「ふふ、なんか変なの。でも、言わなきゃ。アセット、わたし――」
その時だった。
不意に周囲で、木々の枝葉から鳥たちが一斉に飛び立つ。
野生の鳥が夜に飛ぶことは
そして、地鳴りのような振動と共に空気が震え出した。
すぐにそれは轟音となって、
そう、真っ赤に燃える
「ロレッタ、こっちに!」
「えっ、なに? ちょっと、なんなのよっ! キャッ!」
まるで空気が
真昼みたいに明るくなった中で、アセットはロレッタを草むらへと押し倒す。自分の身を
なにかが、通り過ぎてゆく。
驚きながらも、ロレッタは言葉にならない声を口ごもっている。そんな彼女の頭を抱き締め、肩越しにアセットは振り返った。
そして、思わず目を見張る。
「なっ……あ、あれは!?」
そこにアセットは、無機質な表情を見たのだ。
そう、降ってきた星の輝きは、確かにその中に人の顔を持っていた。そればかりか、両腕と両足とがあって、まるで巨人のようだった。
その姿は、あっという間に行ってしまった。
そして、直後に激震が鳴り響いて、突風が襲う。
「アッ、アア、アセット? あ、あの……その、ちょっと」
「今のが落ちたみたいだ。立てる? なにかが村の方に……今の音と振動、近いぞ」
アセットは身を起こして、ロレッタから離れた。
かわいそうに、ロレッタは突然のことに怯えてしまっている。顔を赤らめ、わなわなと震えが止まらない様子だった。
そんな彼女に手を差し出せば、おずおずと握ってくる。
引っ張り上げて立たせると、アセットは静寂の中に耳をすませた。
村の方で、騒ぎになってる声と音……それが、吹き渡る夜風に乗って運ばれてくる。
「急ごう、ロレッタ。……君も、見た?」
「ほへ? なっ、なにを」
「いや、いい。とにかく、なにかとんでもないものが降ってきたみたいだね」
アセットは自然と、ロレッタの手を握ったまま走り出す。
胸騒ぎがして、不安と同時に興奮が込み上げてくる。彼の中で最近眠っていた好奇心、探究心がむくむくと首をもたげてきていた。
ロレッタの手は熱くて、戸惑うようにアセットの手を握り返してくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます