第3話「星の巨人を追って」
アルケー村を出て、
なだらかな上り坂は、周囲の田畑を
それに、実を言えば大勢の前では、特に大人には魔法を見せたくなかった。
「ねえ、アセット! ……あれ、どしたの? 具合でも悪い?」
「いや……はは、みっともないね。少し運動不足みたいだ」
「少し、かなあ? まだ
「ごもっとも。耳が痛いね」
アセットは
王都ではずっと、机に向かって勉強ばかりしていた。それに、大都会だから多くの交通網が整理されてて、最近では電気で動く
ロレッタにはまず、電気のことから説明しなきゃ伝わらない。
彼女の好奇心と探究心なら、きっと王都の
「さて……じゃあ、そろそろ本格的に探そうか」
「あら、ようやく魔法の出番なのね」
「僕にもう、無駄に歩き回るだけの体力がなさそうだからね」
情けない話だと思うが、しかたがない。
この辺なら人気はないし、農作業で賑わうのは早朝、もっと早い時間だ。
アセットは呼吸を落ち着け、そっと両の手を開いて前に突き出す。
神経を集中させ、親指と人差指をピン! と伸ばした。そして、その二本が作る広い谷間同士を突き合わせる。噛み合わせるようにして、重ねる。右の人差し指の下に、左の人差し指。左の親指の下に、右の親指だ。
「――
小さく
すると、目の前の空間に光が広がった。まるで、中に浮かぶ
それを見て、ロレッタは目を丸くする。
「えっ、なにこれ! これが魔法なの? 凄い、光ってる! なになに、これからどうなるの? ねえ、精霊が出たりとか? それとも魔神?」
「ロレッタは
「
「そう、見てて」
ゆらゆらと宙に浮かぶ光は、まるで広げた
そこへと指を滑らせ、アセットは言葉を
「探し物をお
アセットの言葉に、奇妙な音が連鎖する。
それはまるで、妖精が歌っているようにも聴こえなくもない。どんな声も楽器も、決して出せないような音だ。それが再び、大量の文字列を走らせ、光が強くなる。
そして、空中に突然矢印が現れた。
青く光る矢印は、一つ、また一つと増えながら山の方へと向かっている。
「えっ、な、なになに!?」
「あっちだってさ。行こう、ロレッタ」
「
「だから、絵草紙の見過ぎだって」
これが、魔法。
物語では、魔法使いは
アセットたちが使う魔法は、強いて言うなら『見えない賢者に助言を
「やっぱり貯水池の方か」
「えっ、なんで?」
「昨夜のあれは、僕には巨人に見えた」
「巨人? ひょっとして、悪い巨人かしら!? そして、素敵な宝物を隠してるとか」
「そこまではなんとも。ただ、酷く熱していて、森を焼いた。身体を冷やしたいと思うのが道理じゃないかなと思って。なら、手っ取り早い方法がある」
そう言ってアセットは歩き出す。
貯水池は山の奥にあって、普段は誰も寄り付かない。その辺りは村の水源でもあるし、子供たちは立ち入ることが禁じられていた。
大きな
そして……そのさらに奥には、緑に飲み込まれた不思議な遺跡がある。
「そういえば昔、小さい頃……カイルと三人で貯水池の奥に言ったわよね」
「遺跡かい? あの時は散々な目にあったよ」
「わたし、まだ誰にも話してないわ。三人だけの秘密って約束したもの」
「僕だってそうさ。……まあ、話しても誰も信じてはくれないだろうけどね」
物語が大好きな夢見がちの女の子と、彼女を守ると誓った騎士気取りの二人。いや、気取ってた訳じゃない……本当に守りたかった。そして、守り抜いた。
そういうところもちゃんと大人は見てて、だからカイルがロレッタの王子様になったんだと思う。
そうこうしていると、次第に道が平坦になり、視界が開ける。
静かな原生林の中に、大きく広がる水面があった。
「……なにも、ないわね」
「ん、そうだね」
「水浴びしてるんじゃないの? 巨人」
「いや、どうかな」
「どうかな、って……もうっ、アセット! さっきの魔法でもっと探して!」
「いや、見て……あそこ」
まだ、池の
熟練の術者になれば、もっと高度な探索の魔法が使えたりもする。
大事なのは、最初の
ロレッタにグイと腕を抱かれて、引っ張られながらアセットは再び歩き始めた。
「見て、遺跡の方に矢印が続いてる……あら? 次の矢印は」
「どうやら、魔法の道案内はここまでのようだね。でも……見つけた」
「えっ?」
そう、見つけた。
目の前には今、大きな大きな木がそびえている。この貯水池をずっと守ってきた、いうなれば水源の神木みたいなものだ。その大樹は、見上げれば枝葉が空を奪い合っていた。
その
そこにアセットは、探し求めていた巨人の気配を察した。
「見て、ロレッタ。この木……妙だと思わないか?」
「えっと、それは……あっ! 言わないで、絶対に教えないでね! わたし、自分で見つけるから」
「どうぞ、
「アセットが気付けたのよ、わたしだって……確かに、なにか、違和感が……?」
やがてロレッタは両の手を広げて、ぱむ! と叩いた。
満面の笑顔で彼女が振り返れば、ふわりと金髪が宙に踊る。
「見て、アセット! あの幹……こっちよ!」
ロレッタは
慌てず騒がず、アセットはその背を歩きながら追った。
そう、彼女が言う通り……幼い頃から存在する巨木が今日は変だ。いつもと変わらず佇んでいるが、その周囲の空気が変なのだ。ところどころ、まるでべったりと
人の目が見ている色彩は、これは光の反射だ。
だから、周囲と調和していない色合いは、それは不自然なことだった。
ロレッタが木の影に消えて、そしてすぐに悲鳴が響く。
「ロレッタ? 大丈夫かい、ロレッタ。……そうか、悪い巨人だったらなんて、考えなかったな」
彼女が震える手で指差す先は、もうはっきりと違和感が見て取れた。
影になっていた裏側は、まるでモザイク模様のステンドグラスみたいになっている。それは、遠目に見れば巨大な樹木の表面に見えるだろう。だが、間近に見上げれば不自然なのだ。まるで、なにかを隠すように塗り潰して、その部分だけが自然な周囲から浮き出ていた。
「アッ、アア、アッ! アセット! あそこ!」
「うん。これは多分……魔法、なのかなあ。僕たちも、光の反射や屈折を操作して姿を消す魔法を」
「あっ、あそこ、見て!」
「ん? ……おっと、これはこれは」
余裕ぶって見たものの、
太い枝の上、頭上に人影があった。
奇妙な服を着た、少女だ。
その全身は、ほっそりとしたシルエットが裸同然で浮き出ている。だが、首から下は光沢のある着衣で、剥き出しの肌にはとても見えない。
そしてなにより、無機質な無表情でこちらを見下ろす手に、武器があった。
恐らく武器だと思われる、
剣やナイフといった刃物ではない……強いて言うなら
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます