第3話「星の巨人を追って」

 アルケー村を出て、街道かいどうとは逆側へ歩を進める。

 なだらかな上り坂は、周囲の田畑をうようにつづら折れになって続いた。山の方へと向かったのは、これはアセットの直感だ。木を隠すなら森の中だが、あの巨大な隕石いんせき……いなは、大き過ぎる。

 それに、実を言えば大勢の前では、特に大人には魔法を見せたくなかった。


「ねえ、アセット! ……あれ、どしたの? 具合でも悪い?」

「いや……はは、みっともないね。少し運動不足みたいだ」

「少し、かなあ? まだ貯水池ちょすいちまではだいぶあるし、歩き出したばかりよ?」

「ごもっとも。耳が痛いね」


 アセットはすでに、ややバテ気味である。

 健脚けんきゃくが自慢のロレッタは、逆にようやく調子が出てきたようだ。

 王都ではずっと、机に向かって勉強ばかりしていた。それに、大都会だから多くの交通網が整理されてて、最近では電気で動く路面電車トラムというものもある。

 ロレッタにはまず、電気のことから説明しなきゃ伝わらない。

 彼女の好奇心と探究心なら、きっと王都の土産話みやげばなしは喜んでもらえるだろう。


「さて……じゃあ、そろそろ本格的に探そうか」

「あら、ようやく魔法の出番なのね」

「僕にもう、無駄に歩き回るだけの体力がなさそうだからね」


 情けない話だと思うが、しかたがない。

 この辺なら人気はないし、農作業で賑わうのは早朝、もっと早い時間だ。

 アセットは呼吸を落ち着け、そっと両の手を開いて前に突き出す。

 神経を集中させ、親指と人差指をピン! と伸ばした。そして、その二本が作る広い谷間同士を突き合わせる。噛み合わせるようにして、重ねる。右の人差し指の下に、左の人差し指。左の親指の下に、右の親指だ。


「――念結アクセス


 小さくつぶやき、そっと両手を広げる。

 すると、目の前の空間に光が広がった。まるで、中に浮かぶ紙片しへんのように緑色の輝きがゆらゆらと揺れる。時折にじんでかすむが、いつも通り文字のような紋様もんようの羅列が高速で流れていった。

 それを見て、ロレッタは目を丸くする。


「えっ、なにこれ! これが魔法なの? 凄い、光ってる! なになに、これからどうなるの? ねえ、精霊が出たりとか? それとも魔神?」

「ロレッタは絵草紙えぞうしの読み過ぎだよ。僕たちはこれを、魔造書プロパティって呼んでる」

魔造書プロパティ……」

「そう、見てて」


 ゆらゆらと宙に浮かぶ光は、まるで広げた巻物スクロールだ。

 そこへと指を滑らせ、アセットは言葉をつむぐ。


「探し物をおたずねだ、渡る風へとお尋ねだ。空より来たりて地を燃やし、何処いずこかへ消えた星の巨人……そういうものをお尋ねだ」


 アセットの言葉に、奇妙な音が連鎖する。

 それはまるで、妖精が歌っているようにも聴こえなくもない。どんな声も楽器も、決して出せないような音だ。それが再び、大量の文字列を走らせ、光が強くなる。

 そして、空中に突然矢印が現れた。

 青く光る矢印は、一つ、また一つと増えながら山の方へと向かっている。


「えっ、な、なになに!?」

「あっちだってさ。行こう、ロレッタ」

うそっ! 魔法ってそういうの!? 魔法陣まほうじんがぶわーって出たり、しないの? 呪文の詠唱えいしょうは? 決めポーズはっ!」

「だから、絵草紙の見過ぎだって」


 これが、魔法。

 王立魔学院アカデミーで体系付けられた、多くの人間が修練によって共有する技術である。もっとも、その原理はわかってはいないし、ロレッタが言うような魔法とは少し違う。

 物語では、魔法使いはドラゴンを呼び寄せたり、稲妻いなずまを飛ばしたりしている。

 アセットたちが使う魔法は、強いて言うなら『見えない賢者に助言をう』というようなものである。魔法は時に予言めいたこともさずけてくれるが、決して直接的に手を貸してはくれないのだ。


「やっぱり貯水池の方か」

「えっ、なんで?」

「昨夜のあれは、僕には巨人に見えた」

「巨人? ひょっとして、悪い巨人かしら!? そして、素敵な宝物を隠してるとか」

「そこまではなんとも。ただ、酷く熱していて、森を焼いた。身体を冷やしたいと思うのが道理じゃないかなと思って。なら、手っ取り早い方法がある」


 そう言ってアセットは歩き出す。

 貯水池は山の奥にあって、普段は誰も寄り付かない。その辺りは村の水源でもあるし、子供たちは立ち入ることが禁じられていた。

 大きな溜池ためいけがあって、魔物が出たという話は聞かない。

 そして……そのさらに奥には、緑に飲み込まれた不思議な遺跡がある。


「そういえば昔、小さい頃……カイルと三人で貯水池の奥に言ったわよね」

「遺跡かい? あの時は散々な目にあったよ」

「わたし、まだ誰にも話してないわ。三人だけの秘密って約束したもの」

「僕だってそうさ。……まあ、話しても誰も信じてはくれないだろうけどね」


 幼馴染おさななじみの三人は、村じゃ有名なわんぱくトリオだったのだ。

 物語が大好きな夢見がちの女の子と、彼女を守ると誓った騎士気取りの二人。いや、気取ってた訳じゃない……本当に守りたかった。そして、守り抜いた。

 そういうところもちゃんと大人は見てて、だからカイルがロレッタの王子様になったんだと思う。勿論もちろん、村長の意向には誰も逆らえないし、その積み重ねでアルケー村はずっと平和だったのだ。

 そうこうしていると、次第に道が平坦になり、視界が開ける。

 静かな原生林の中に、大きく広がる水面があった。


「……なにも、ないわね」

「ん、そうだね」

「水浴びしてるんじゃないの? 巨人」

「いや、どうかな」

「どうかな、って……もうっ、アセット! さっきの魔法でもっと探して!」

「いや、見て……あそこ」


 まだ、池のほとりに青い矢印が光っている。それは、先程より間隔を空けて点々と奥に続いていた。どうやら、アセットの力ではこの辺が限界のようである。

 熟練の術者になれば、もっと高度な探索の魔法が使えたりもする。

 大事なのは、最初の念結アクセスで広げられる魔造書プロパティの強さ、濃さ、深さである。

 ロレッタにグイと腕を抱かれて、引っ張られながらアセットは再び歩き始めた。


「見て、遺跡の方に矢印が続いてる……あら? 次の矢印は」

「どうやら、魔法の道案内はここまでのようだね。でも……見つけた」

「えっ?」


 そう、見つけた。

 目の前には今、大きな大きな木がそびえている。この貯水池をずっと守ってきた、いうなれば水源の神木みたいなものだ。その大樹は、見上げれば枝葉が空を奪い合っていた。

 荘厳そうごんなる巨木は、高さだけで30mメルテはあるだろう。

 そのみきは太く、今は木漏こもが照らしている。

 そこにアセットは、探し求めていた巨人の気配を察した。


「見て、ロレッタ。この木……妙だと思わないか?」

「えっと、それは……あっ! 言わないで、絶対に教えないでね! わたし、自分で見つけるから」

「どうぞ、御随意ごずいいに」

「アセットが気付けたのよ、わたしだって……確かに、なにか、違和感が……?」


 やがてロレッタは両の手を広げて、ぱむ! と叩いた。

 満面の笑顔で彼女が振り返れば、ふわりと金髪が宙に踊る。


「見て、アセット! あの幹……こっちよ!」


 ロレッタははじけるように走り出す。

 慌てず騒がず、アセットはその背を歩きながら追った。

 そう、彼女が言う通り……幼い頃から存在する巨木が今日は変だ。いつもと変わらず佇んでいるが、その周囲の空気が変なのだ。ところどころ、まるでべったりと染料えのぐったように光を吸い込んでいる。

 人の目が見ている色彩は、これは光の反射だ。

 だから、周囲と調和していない色合いは、それは不自然なことだった。

 ロレッタが木の影に消えて、そしてすぐに悲鳴が響く。


「ロレッタ? 大丈夫かい、ロレッタ。……そうか、悪い巨人だったらなんて、考えなかったな」


 呑気のんきなことを言いつつ、アセットは腰を抜かしたロレッタに駆け寄る。

 彼女が震える手で指差す先は、もうはっきりと違和感が見て取れた。

 影になっていた裏側は、まるでモザイク模様のステンドグラスみたいになっている。それは、遠目に見れば巨大な樹木の表面に見えるだろう。だが、間近に見上げれば不自然なのだ。まるで、なにかを隠すように塗り潰して、その部分だけが自然な周囲から浮き出ていた。


「アッ、アア、アッ! アセット! あそこ!」

「うん。これは多分……魔法、なのかなあ。僕たちも、光の反射や屈折を操作して姿を消す魔法を」

「あっ、あそこ、見て!」

「ん? ……おっと、これはこれは」


 余裕ぶって見たものの、咄嗟とっさに背にロレッタをかばった。

 太い枝の上、頭上に人影があった。

 奇妙な服を着た、少女だ。

 その全身は、ほっそりとしたシルエットが裸同然で浮き出ている。だが、首から下は光沢のある着衣で、剥き出しの肌にはとても見えない。

 そしてなにより、無機質な無表情でこちらを見下ろす手に、武器があった。

 恐らく武器だと思われる、何故なぜなら殺気を感じるから。

 剣やナイフといった刃物ではない……強いて言うならいしゆみ、機械式のボウガンに似ていた。だが、コンパクトなそれを向けられ、アセットは動けなくなってしまうのだった。

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