3、アデールの秘密

子供たちは、ひとしきりアデール国の城の庭で遊ぶ。

ココならいいと許可されている安全範囲である。

庭の次は、ロゼリアはジルコンの手を引いてお城の探検に連れ出した。


ジルコンが興味のありそうな、埃のかぶる甲冑類の積み上げられた武器庫。

料理人たちが家畜を解体する解体場。

有用植物を乾燥させている倉庫。

綺麗でおとなびた女子たちが小気味よくトントンと作業する機織り場。


ロゼリアはどこでも歓待されて、城の者たちは喜んで作業なんかも手伝わせてくれる。

ついでにジルコンもすることになるのだが。

ロゼリアは強引で極めて落ち着きがなかったが、ジルコンにはアンジュ王子と紹介されたロゼリアを、可愛く元気な男の子だと思う。

可愛い女子も、元気な子もジルコンは好きである。


王城内を独断的に紹介するのにも飽きると、ロゼリアの関心は突如、外へと飛び立った。


「城の外には秘密の隠れ家があるの!ジル興味ある?ほんのちょっとでもあるのなら、連れていってあげるよ!」


そう言うときにはもう決定事項である。

ようやくジルコンもロゼリアのリズムをつかめてきた。

そして柄にもなく慌てた。

ジルコンは年の割には勇敢で落ち着いている、そんな評判を自慢に思っていたのだが。


「いや、城の外はまずいだろ?古い森にはいろいろ出る」

「出るって何が?亡霊とか?」


人を襲う大型の獣とか人さらいとか、と言おうとするが、その前にロゼリアにあははって笑われジルコンの戸惑いは吹き飛ばされてしまった。


「ジルってば、恰好よいのに臆病ねえ!」


生まれて一度も聞いたことのない自己評価であった。

そういうと、ロゼリアは走り出す。風のように城門を走り抜けた。

ジルコンが後から追いかけるのも折込ずみである。

槍を構える門番は、突風のように駆け抜けた二つの後ろ姿を首を巡らし目を細め、悲鳴をあげた。


「またロズ姫さまが抜け出した!誰か追いかけろ!」


ジルコンは既に遠く、後方の叫びに引っかかる。

姫さま?

確か、この元気な子はアンジュ王子と紹介されていなかったか?

内気なロゼリア姫は機織り場から二人と別行動となっていた。


距離を空けつつ付いてきてくれるはずのジルコンの専属の護衛も、この子供のぶっ飛んだハイペースに完全に置いて行かれていた。

ジルコンは覚悟を決めなければならなかった。

この元気な子のお守り役になる。

、、、というか、ならなければならなかった。

ジルコンはこの王子よりも2つも年上で体も大きくて強い、お兄さんだからだ。


しばらくふたりは森の間の藪の中を掻き分けて進む。

すると不意にひらけた場所にでる。

太陽の光がそこだけ差し込み明るく照らし出していた。

森の影に添って、大きな木イチゴの枝が張り出し、たわわに実らせた熟した赤い実の重みで枝垂れている。

その宝石のような木イチゴは1000個はありそうだった。


ロゼリアは自慢げに笑い、ジルコンの驚きを確認する。

「ここはね、取っておきの二番目なの。この時期、木イチゴが一杯食べられるよ」

ロゼリアは一度に三つほど熟した実をほおばるが、ジルコンには宝石のようなきれいな一粒だけ上品につまんで、だけどぐいっと唇に押し付けた。


ジルコンがお愛想に食べると、この底抜けに元気な子はつられて笑ってしまうほどうれしそうにする。

ジルコンには妹がいるが、こんなに元気ではない。

この小さな弟がかわいいとジルコンは思う。


そうしているうちに、ジルコンは適当な場所を探さねばならなくなった。

小水をもよおしてきたのだ。

城を出る前に済ませておくべきであったが、この子と一緒だったからちょっと厠へというのは到底無理なことだっただろう。

ジルコンが藪に向かって、ズボンを下げて、ぱんぱんの膀胱から放出を始めた。

いきなり始めた放水に、ロゼリアが目を丸くして驚いたのは一瞬である。


「わたしもする!立ちしょんべん!」

ロゼリアはズボンを全部下までさげた。

「おいおい、全部脱ぐことないだろ?」


子供っぽいしぐさにジルコンはあははと笑った。

この子は餓鬼なのだ。

二つ違いは大違いなのだ。

ジルコンの横に立ったロゼリアは腰に手を当てて体を思いっきり反らし、放出する。


だがしかし、そこではたと笑いが凍りついた。

この子の水の軌跡が、想像している曲を描いていない。

描く弧がありえないほど小さかった。

なぜならその子には、あってしかるべきものがついていなかったのだ。

だから遠くに飛ばすことができないのだ。

ジルコンにはあって、この子にはないもの。


「、、、おまえ、女子か」


隣の女の子は、ジルコンを真似てキレよく腰をふって、滴を払い落とすふりをする。


「それはね、秘密なの!」


ロゼリアはズボンを引き上げる。

手伝おうとすると、素直に身を任せてくる。

男の子の振りをしても、この子はなんでも人に世話をしてもらうことに慣れている王族の子だった。

ジルコンの驚きなど全く気にしていない。


「さあ、一番目の、とっておきの秘密基地にジルを連れていってあげる!」


ロゼリアはどうしてもこの黒髪黒目の恰好いいお兄さんに、自分と城の子供たちの、取っておきの場所に連れていきたかった。

森の中の木こり兼猟師の丸太小屋がある。

そこはいろんな手入れの行き届いた数十種類ほどの道具類や、運が良ければ彼らの収穫物が見られるのだ。


そして、熊のような森の主、猟師のおじいさんもいる。

アデール国の森の見どころのひとつである。


もうすぐそこだった。

でも半日駆け回って、小さな体の体力は限界に近づいていた。

だからショートカットすることにした。

落ち葉が半ば朽ち掛けて積る獣道だ。


ロゼリアが進もうとする道の先は果たして続いているのか不安になって、ジルコンは透かして見た。

数メートル先の落ち葉の色味が違って見えた。

あそこだけ落ち葉がはっきりとしていて、かさついているようだった。


それよりもジルコンには気になることがある。

一緒にいるアンジュ王子は実は女の子であった。

女の子を王子として紹介したのはなんでなのか全くわからない。

アデール国の不思議だった。

なぜか大人には聞いてはいけないことのように思われた。

その訳をこの子にきけば教えてくれるだろうか?

そんなことを考えていた。


その時、ジルコンの足が空を踏む。

「あっ!!」

ふたりは同時に声をあげる。

足元はどこまでも落ち葉を踏む。

底がない。


落とし穴だと気が付いた時には、掘られた穴の小石やら木の根やらががさつく壁に、腕を思いっきり擦りながら、穴に落ち込んでく。

とっさに自分と共に落ちるロゼリアを腕に抱き、胸に引き寄せた。

ふたりは落ち葉に隠された身長の2倍ほどもある大きな落し穴の罠に、見事はまってしまったのである。




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