二節「僕に起きたことは」

「ある時に大きなことが起きた」

 そう言って彼女話を続けた。

 入れられたコーヒーはお互いに手を付けていない。

 もう冷たくなっているだろう。

 なんだかそれが悪い予感を連想させる。

「それは、仕事で成功して、宝くじも大当たりした」

「えっ、それはいいことじゃないの?」

 僕は驚いた。

 うまく言葉にできないけど、僕はもっと悪いことが起きたのかと思っていた。

「そうね、それだけ抜き取ってみればいいことね。でも、それによってお金を手に入れて、あなたはお金を信じるようになった」

「お金を? そんなはずないよ」

 お金なんて今の僕は全然信じていなかった。もしかしたら一番信じていないかもしれない。お金で手に入るものはなんて限られているし、それでできた関係性はそれこそ脆い。

「でも、お金は怖いのよ。お金があれば人はついてくる、物も買える、何かすることもできる」

「それは見せかけの信頼だよね」

「そうよ、でも人はそれを本物だと錯覚してしまう。お金があれば何でもできると思ってしまう」

「それはどこかでおかしいと気づかないの?」

「気づけないのよ。大金を手にするなんてことは、ほとんどの人は今までに経験したことがないことだから。まるで自分に幸運落ちてきたように感じる。そしてはまって抜け出せなくなる」

「あなたは、お金という魔物に憑りつかれて性格も変わってしまったのよ」

「そんなに恐ろしいものなの?」

「そう。そしてあなたは、だんだんお金以外のことに重きを置かなくなってきた。最終的にお金だけを信じるようになった。他は全く信じなくなった。すべての基準をお金で判断するようになった」

「それじゃあ、僕はたくさんの人を傷つけたね」

 僕はまだ起こっていないことなのに申し訳なくなってきた。もしかしたら、それが原因で彼女が未来からやってきたのかもしれないとさえ思えた。

「残念ながらそれはそうね。でも私が言いたいのはそこじゃない。あなたの身に起こったことよ」

「何が起こったの」

 僕は少し怖くなってきた。この話の結末が想像できないからだ。

「心が壊れてしまったのよ」

 そこで彼女は涙を流した。

「どうして?」

 僕は質問せずにはいられなかった。

 未来の僕にとって、いいことしか起こっていないから。

 誰かの心を壊したなら僕でもわかる話だ。

 でも僕の心が壊れた?

 彼女の話の展開が早くて、ついていけてなかった。

「それは、信じたものに裏切られたから。お金でできた関係はあなたが思うようにすごく脆いし、お金は永遠には続かない。お金のなくなったあなたからはすぐに人は離れていった。手に入れてたものは、すべてこぼれ落ちていった。そして、すぐに一人ぼっちになった。

「それは自業自得じゃない?」

 僕は今後自分がすることなのに、なぜか客観的に思えた。

 自分の行動が招いた結果ではないだろうか。

「そうじゃない。誰しも間違いを犯す。その時信じれるものがあるから、頼れる人がいるから立ち直れる。その時あなたのそばには誰もいなかった」

 彼女は声を大にして言った。彼女から何か熱いものを感じた。

 誰もいなかった。となると今目の前にいる美月も僕を見放したのだろう。

 それならなぜ今こうして現れたのだろう。

「それは大事なことなんだね」

 話にはなんとかついていけている。

「そう、あなたは信じられるものがわからなくなった。自分がこれだと思っていたものが間違っていたのだから、自分を責めた。今までしてきたことを後悔した。そんなときに何かに頼る事ができなかった。あなたのそばには誰もいなかったから。そうしてどうすることもできない思いが膨れて心が壊れてしまった」

 彼女が僕をゆっくり抱きしめた。

「あなたに、そんな未来を迎えさせたくない」

 彼女は強くそう言ったのだった。

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