三節 「親とは」

「あはは、ほら、こんなちょっとしたことで簡単に壊れたでしょ」

 彼女はそれが当然のように家を出てからすぐに話しかけてきた。

 時間はすっかり夜になっていて、辺りが真っ暗な闇に包まれる。

 全身真っ黒の彼女の姿も闇に消えてしましそうだ。

 でも、僕はその前にどうしても問い詰めなければいけないことがあった。

「なんで?」

「何がなんで?」

 彼女は自分が何も悪くないかのように同じトーンで聞き返してきた。

「何であんな嘘ついたんですか? 犯罪者の家系だなんて」

「どうして嘘だと言い切れるの? あなたは私のことほとんど何も知らないよね?」

 確かに僕は彼女のことを知らない。

 でもまさかそんなことはないと信じている。

 よくもまあ大胆な話が思い浮かんだものだ。

 それにこんなことをされても、彼女を信じたいと思っている部分がある。

「そもそも、なんで親だからってだけで無条件で信じるの? 親だって人間だよ? 何考えているかわからないよ」

「それは親だからです」

「答えになってない。よく考えてみて」

 そう言われたけど、僕は考えることをしなかった。どうしてこうなったか動揺していたからだ。

「まあ、あの話を信じる親も親だけどね」

 彼女はそこで話を切り上げて、そう言った。よく考えてみてとはなんだったんだろうか。

 しかし、平気で親のことを悪く言う彼女にいらっとした。

 僕は彼女を再び呼び止めた。

「ちょっと待ってください。あれはちょっと感情的になっただけです。すぐに考え直してくれます」

「じゃあ、今電話してみてよ?」

 僕は言われるままに電話を掛けた。

 これでもうバカみたいな嘘は終わりで、またいつものように笑いあえると思っていた。

 僕はそう信じて疑わなかった。

 電話は鳴り続けて、一向にどちらにかけても繋がらない。

「着拒されたのよ。あなたはもう縁を切られたの。もう家に入れてくれないかも」

「嘘だ。あれぐらいで今までの関係が壊れるわけがない」

「わかってないなー。あれぐらいのことじゃないよ。よく聞いて」

 彼女は僕の目をしっかり見て話を続ける。

 優しい笑みを浮かべている。

「あの優しい親御さんならあなたが犯罪を犯しても、きっと許して受け入れてくれる。でも、あなたが親よりも犯罪者の子供を選んだことが気に食わないよ。どうにもこうにもダメなのよ。相手にだって今まで愛してきた自負はある。だからこそプライドが許さないのよ」

「それは、そんなに重要なこと?」

 僕は人の気持ちがあまりわからない。そんなことでこんな大事になるのがどうにもつながらない。

 今まで培ってきたものはどうなるというのだ。

 人との関係ってなんだろうと思った。

「人にとって、自分を支えているプライドは大切なのよ。それに、もし言葉でわかっても頭で納得できないのよ。そんな簡単じゃないのよ」

「どうしてくれるのさ」

 もう親とは修復不可能なんだろうか。

 でも僕はまだ親を信じている。

「どうもしてあげないよ」

 彼女は空を見上げて言った。

 それから彼女は追加で何かを頼むように軽く話してきた。

「あとそれから、今後しばらく親に連絡とったり接近するのは禁止ね。万が一向こうから接近してきても無視すること」

「なんでそこまで従わなきゃダメなんですか?」

「だって、あなたはこの期に及んでも親を信じてるんでしょ? ならあなたがどんなことしても親は許してくれるよね?」

 心の内を読まれて、何も言えなかった



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