五節 「関係を壊す」
「美月さん、壊すってどういうことですか?」
この状況を理解することができなかった。
僕のいる場所を彼女にはわかるのだろうか。
そして、いつも突然現れる。
彼女は笑っていた。とても無邪気に笑っていた。
それはさっきの言葉似合わない表情であまりにも異様だった。
赤と白のニットのワンピースを着た彼女は天使だろうか、それとも悪魔だろうか。
しおりはあからさまに動揺していた。
無理もない。知らない人が現れていきなりわけのわからないことを言いだしたのだから。
しおりに大丈夫だよと目で合図を送った。
デザートが運ばれてきた。ウエイターは修羅場でもあるのかと興味津々だったけど、何も言ってこなかった。
しかし、さっきから隣の席の人の話し声がうるさい。遮断しようといても耳に入ってくる。自分では調整できないんだ.
「あら、名前覚えてくれたのね。言葉の通りよ。信じてるものも壊していくの」
彼女は話を続ける。
「そもそも信じるって言葉の意味知ってる? 『信じるとは疑わずに本当だと思い込むこと、心の中に強く思い込むこと』よ。あなたが大事だと強く思ってることはただの思い込みなの。だから脆い。それをわからせてあげるのよ」
「あまりにも勝手だと思います」
しおりが我慢できずに言葉にした。
でもその声は震えていた。
僕はしおりの手をそっと握った。
「あなたは律の友達のしおりさんね。はじめまして、美月よ。しかし、何をもって勝手だとするの? 『勝手』の定義は? わかってるの? 何の、誰にたいして私の行動が自分に都合がいいと言えるの?」
そこで彼女が熱くなるから、僕はそれに驚いた。
初めての人にそんなにきつく言わないのが普通だけど、彼女には最初から普通ではなかったなとなんだか納得した。
しおりは何も言い返すことができず、下を向いてしまった。
カフェは静まり返って、ほかの客がこちらを注目し始めた。
彼女がそこまで言うのだから、何か意味があるのではないかと思えてきた。僕は人を信じやすい。
でも「壊す」というのがどうしても納得いかなかった。
「美月さんもきっと何か意味があるんだろうけど、それは壊さなきゃ実現できないのですか?」
僕は彼女に歩み寄ろうとした。同じ人なんだから分かり合えないことはないと僕は思っている。
そこで彼女は少しだけ悲しそうな顔をした。
どうしてそんな表情をするのだろう。
「そうよ、壊す必要がある。とにかく、まずは絶対と信じられている家族の関係性から壊すわ」
そう言って彼女は店を出ていった。
いつも一度もこちらを振り向くことなく走り去っていく。
なぜだろう、彼女の後ろ姿はいつも僕を嫌な気持ちにさせない。どんなことを言われた後もそうだ
今日も外を見ると雪が降っていた。
この時、僕はこれから起こる悲惨なことを全くといっていいほど想像できていなかった。
どこか大丈夫だろうと信じていた。
それが大きな間違いだったと気づくのは、だいぶ先のことだった。
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