第48話 収監
馬車に揺られること数時間、日が傾きかけた頃、俺たちは救世機関の本部へと帰還を果たしていた。馬車から縛られたレンリを抱えて降りると馬を繋ぎ直しているヒイラギの方を向く。
「ありがとう。ここまで送ってもらえて助かったよ」
「ハクヨウさんによろしく伝えておいてください」
ヒイラギはいつも硬い表情を若干緩ませ口角を上げた。
「はい、必ずお伝えしておきます。お二人もお元気で」
もう準備は終わったのかヒイラギは御者台に上り、手綱を勢いよく振るう。馬の甲高い声が響き馬車は来た方角に返っていく。俺たちはその姿が見えなくなるまで佇んでいた。
「さて、それじゃあ私たちも役目を果たすとしましょう」
「そうだな」
俺たちは互いに別々の方へと足を向けた。アリエスは本部の受付に報告へ向かい、俺は囚人を捉えておく拘置所へと向かった。拘置所は本部のすぐ隣にあるが内部とは隣接していない。完全な独立状態を作るためだ。それは救世機関と言えどすべての人間が全量とは言えない。だから、内部に侵入した人間が極悪人を逃がす可能性も考えられる。
よって本部の内部と通じるのは危険という理由らしい。まあ、本当のところは凶悪な囚人たちを一部の老害どもが勇者や聖女を信じず恐れているからだ。そんなに神経質ならここにいなければいいのではと思うが結果的に非戦闘員の安心が買えるのであれば安いものだろう。
そんなことを考えていると目的の場所へ着いた。薄暗い色をした特殊な金属で作られているため建物自体が怪しい雰囲気を放っている。俺はいつも通り重い重厚な扉を片手で開ける。独特な重低音が響き、ゆっくりと扉は開いていくと目の前には長身の白髪の男が待ち構えていた。
「やあ、数週間ぶりかな。シン」
「ああ、そうだな。オルル」
「それで今日の獲物は肩のそれかい?」
「物騒な言い方だな。俺は狩人じゃないぞ」
「同じようなものだろう。魔物や動物を狩るか罪人を狩るかそれだけの違いしかないんだから」
オルルはそう言って赤い瞳を怪しく光らせ、不敵な笑みを浮かべた。
「はいはい、分かった分かった。お前の持論はもう聞き飽きたよ。それよりも早くこいつを牢に入れさせてくれ」
「了解しましたよ。勇者様」
オルルはおどけたように返事をし、愉悦を孕んだ笑みを浮かべながら拘置所を先導していく。
「ああ、そういえば君にしては珍しく苦戦したようだね。服に血の跡がべったりついているよ。最強の勇者の名が泣くんじゃないかい?」
「そんなときもあるさ。俺は強いが『最強』というのは分かりやすい決まり文句のようなもんだ。俺自身自分が世界で最も強いなんて思っていない」
俺は特に表情を変えずに淡々と告げる。だが、俺の回答が余程面白かったのかオルルの背中はプルプルと震えているように見える。
「クック……。いやー実に君らしい真面目な回答だね。だがね、最強と言う自負は大切だと思うよ。そのゆるぎない自信が絶大な力を発揮することもある」
「逆に致命的な油断を招くこともあるがな」
オルルはお手上げとばかりに両手を上げる。何だか馬鹿にされているように気がするがこいつと言い争いしても無駄なことは分かっている。俺は無意味なことをしないように硬く口を閉ざす。すると、タイミングよくレンリを入れる空の牢屋に着いたようだ。
「ここがその子がしばらく暮らす仮住まいだ。さあ、その縄の拘束を解いていつも通りこの手枷を嵌めてくれ」
俺は腰の剣を抜き、レンリを縛っているものを切り金属の手枷を嵌める。手枷と言っても腕に付けるだけの鉄の腕輪だ。両手の間の鎖すら存在しない。俺は気を失っているレンリの細い腕に手枷をつけるとベッドに寝かせ、牢を出る。
「ふむ、これで収監完了だね。書類を用意するから少し待って……」
「おい! ここから俺を出せ!」
オルルの声は野太い男の叫びでかき消される。
「あれは?」
「ああ、先日<細氷の勇者>に収容された奴さ。殺人に強姦、強盗に違法な商品の売買等犯罪という犯罪を色々やった極悪人さ」
オルルはそれはそれは嬉しそうに言い放った。
「あれが? 盗賊の下っ端にしか見えないのだがな」
「いやいや、あれでも五十人を超える盗賊の頭目だったようだよ。彼女がそう言ってた。まあ、規模の割に雑魚だったとも言ってたけど」
「そうだろうな。聖者ではあるようだが神力を微量にしか感じない。意図的に抑えているならかなりのものだがあの様子を見るにそうではないようだからな」
オルルは口元を三日月上に歪め、片手を上げる。
「だからいいんじゃないか。小物でないとここで騒ぐような馬鹿みたいなことしてくれないだろ?」
その瞬間、上げた右手から一筋の青い雷光が走った。それは瞬く間に騒いでいる囚人の方へと向かい衝突する。弾けた雷撃が愚かな男を襲い拘置所に悲鳴が響き渡る。
「んー。良い声で鳴くね。次はもう少し強く……」
興奮したオルルがもう一撃加えようと右手の指を立てようとするが俺はそれを手で制す。
「何だい? シン。あんなのにも慈悲の心が湧いたかい?」
俺を責めるような視線をオルルは送ってくる。だが、俺は首を振り雷撃を当てられた男の方を指さす。
「よく見ろ。もうあの迷惑な男は気を失っている。これ以上危害を加えるのは機関のルールに抵触するぞ」
オルルは赤い瞳を細め、男の方を注視している。崩れ落ち身動きしない様子に俺の意見が正しいと思ったのか大きなため息をつき、手を下げる。
「まさか、あの程度で気絶してしまうとは……。ほんと根性が足りないよね。もう少し必死に耐えて欲しかったんだけど」
「囚人で遊ぶ癖もほどほどにしておけよ。教主様に裁かれる前に殺してしまえば裁きを受けるのはお前だぞ」
俺は僅かに殺気を込めオルルを嗜める。オルルはそんなこと分かっていると言わんばかりににやにや笑みを浮かべる。
「そんな心配はしないで欲しいなー。今まで僕が囚人を殺したことなんてあったかい?」
「瀕死くらいにしたことごまんとあるだろ。俺が協力してやったこともある」
「大丈夫、大丈夫。死なない加減は心得ているよ。それに君は知らないかもしれないけど僕は君以上に教主様を恐れているから愚かな真似はしないよ」
その言葉はいつものようにふざけた様子はなく真剣な様子だった。それだけに信用には値するだろう。
「分かった。とりあえず今は信用しておくとしよう。ただ、俺はいつでもお前を破滅させられることは肝に銘じておけよ」
「分かってるって」
手をひらひらと遊ばせながらオルルは来た道を引き返していく。俺も奴から必要なものをもらうためにその後を付いていく。
(やはりここに来ると疲れるな。早く部屋に戻って休みたいものだ)
俺は体の消耗具合を意識し、無意識にため息をつくのだった。
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