第47話 帰還と密会

 ハクヨウと会話を交わすし、十分ほど経つとヒイラギが再び姿を現した。


「ハクヨウ様。馬車の用意ができました」


「ご苦労さん」


 ヒイラギは軽く頭を下げると来た道を戻っていく。


「こちらの用意は完了しましたけどお二人さんはもうええか?」


「はい、十分に話すべきことは話せました。今はそれよりもこの子の護送が優先ですから」


 アリエスの迷いのない言葉にハクヨウは一瞬儚げな笑みを浮かべたように見えた。


「そうか………。分かった。御者はヒイラギに努めさせます。あんたらは安心して職務を全うし」


「ありがとうございます」


 アリエスは右手を差し出す。ハクヨウもそれに倣い右手を出し、軽く握りあう。


「元気でな」


「そちらも」


 別れの言葉を交わし、俺たちもヒイラギの後を追う。その時一瞬向けられた粘つくような嫌な視線を感じたが俺は無視して歩を進める。俺たちの役目は終わったのだから。……



 うちはアリエスはんとシンはんを見送るとツバキに商会の今後の運営についての指示を出す。ツバキは元気のよい返事をするとすぐにうちらの本拠地の方へと向かっていった。人払いをしたうちはあの二人が泊っていた宿へと足を運んだ。扉には休みを示す立札があったがそれを無視して無造作に扉を開ける。すると、大柄の男が椅子に体を預け休憩している様子が目に入った。


「精が出ますなー」


「それは皮肉か? お嬢。別にいいだろ。今は営業してないんだから」


 アンガスは首を回し、面倒そうな口調でだらだらと話す。うちはそんな男の前に座るとテーブルに肘を立ててその上に顔を乗せた。


「それで大丈夫やったん? あの子に大分加担していたようやけど<蠍>のボスにお叱りを食らったんちょうの?」


 アンガスはそれはもう大層面倒くさそうに大げさにため息をついた。


「全然大丈夫じゃなかったな。小言を言われること小一時間、正座をして話を聞かされたさ。まあ、グラゼルまで死んじまったんじゃ仕方ないが」


「そうやなー。あんさんが協力しなかったら<蠍>がヴィクトル・グランツと組むこともなかったやろーし。それにあの人の力は何かと便利な力やったからそうそう代わりはきかんやろーしな」


「やっぱそうだよな。だが、面倒な依頼を俺が片付けることで話がついたし今回の事件が盛り上がったことだし良しとしよう」


 アンガスは自分を強引に納得させるように力強く頭を上下に振る。うちはその様子に呆れ混じりの視線を送ってやる。


「盛り上がったって言うけどそんなに見所があったんか?」


 アンガスは嫌らしくにやりと笑うと自慢げに語り始めた。


「あったさ! グラゼルと勇者の戦闘に聖女の真の力。極めつけは勇者が最後に見せた黒い炎! どれをとっても最高のエンターテインメントだったよ」


 うちはアンガスの興奮ぶりに身を引きつつも疑問に思ったことを口にする。


「なるほど、最後の黒いあれは勇者はんの仕業やったんか……。やけど、あんさんはどこからそれを見とったん? 建物の中、しかも地下の出来事をどうやって知ったんや?」


「そう言えばお嬢には言ってなかったか。まあ、端的に言えばそいつのおかげだよ」


 そう言ってアンガスはうちの肩のあたりを指さした。何かと思い視線を向けるとそこには灰色のねずみが乗っていた。


「きゃっ!」


 うちの声にびっくりしたのかねずみは勢いよく肩から飛び降りた。うちは愉快そうに笑う対面の男をにらみつけた。


「そう睨むなよ。ちょっとしたいたずらじゃないか。それにお嬢らしくない可愛らしい反応を見れて俺は満足だよ」


「うちの腹は今煮えたぎった溶岩のようなんやけどそれについてはどう思います?」


 うちはわざとらしく笑みを浮かべ、丁寧な口調で語りかける。アンガスは笑いをこらえながら楽しそうな子供のような瞳をこちらに向けた。


「本当にすまんな。お詫びにお嬢の疑問をすべて解消して差し上げよう。まずはさっきの件からだな」


 うちは再び肘をつき、その上に顔を乗せさっさと話せという態度を取る。


「俺は生物を使役できるんだよ。しかも使役するだけでなく五感を共有したり意思疎通したりできる」


 うちはアンガスの言にのっとり好きなように疑問をぶつける。


「そんな力持ってたんか? じゃあ、うちが知っているあれは何なんや?」


「あれはこの力の応用だな。まあ、聖者の力……俺の場合は神器の力って言った方がいいか……。能力ってやつは当人の努力次第である程度の鍛えられるってことだ」


「ふーん。そうなんや」


 うちは自慢げに語るアンガスを半眼で眺めながら興味なさそうに返事をする。


「じゃあ、次の質問や。あんさんは楽しむためだけにあの子に協力したんか? <蠍>の首領に嘆願してまであの死霊術師に価値があったとは思えないんやけど」


「確かにあいつは愚図な坊やだ。復讐を決意し、たくさん殺しておきながら罪悪感に苛まれ罰を欲するような半端野郎だ。だが、そういうやつだから勇者の物差しには相応しいと思ってな」


「つまり、あんさんは勇者、正確には<灰の勇者>の力を見ることが目的やったちゅうことか……」


「それだけとは言わないが最も大きな目的はそうだったな」


 うちはそれを聞きようやく目の前の男の真意が掴めたような気がした。だが、油断はできない。この男はうちの目をもってしても影さえつかませない幽鬼のような存在なのだから。


「もう質問は終わりか? それならもう帰ってくれると嬉しいんだがな。俺は押し付けられた以来の準備をしないといけないからな」


「分かったわ。今日のところは帰らせてもらいます。やけど今日の無礼の対価はこの先もしばらくは支払ってもらうさかい覚悟しときよ」


「はいはい。肝に銘じとくよ」


 アンガスは降参とばかりに椅子にもたれ掛かり両手を上げる。


「よろしい」


 うちはその態度に満足して席から立ち上がり、出口の扉へと歩いていく。扉に手を掛けると、半身になり首だけを回してあの男の方を向く。


「ああ……最後にこれだけはいっとかんとな。必要なものがある際はパシフィック商会を御贔屓に」


 にっこりと笑顔を浮かべそう告げ、扉を引きうちはボロ宿を後にした。




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