第46話 束の間

 地下室から出るために俺たちは地上へと延びる階段を上がっていた。俺は傷の応急処置だけ済ませ、重い足を何とか上げながらレンリを抱えアリエスの後を付いていく。


 地上へと出るとアリエスにハクヨウたちがいるであろう場所を告げ、そこに向かい事情を話してもらうことにした。流石に俺の消耗具合ではどうしても急いで向かうことはできない。ヴィクトル・グランツの真実を知り、状況を収集できる人間がいなければまた人々が混乱してしまう。階段に向かって走り出すアリエスを見送り、気絶したレンリを床に置き壁にもたれ掛かる。


 十分ほど経つと多くの客が一階へと降りてきたようだ。がやがやと騒がしい声が鼓膜を震わせる。騒がしい音が響く中でコツコツという複数の小さな音が段々と大きくなってきた。


「お待たせ」


「ほんに大変やったようやなー」


 アリエスとハクヨウが来たようだ。ハクヨウにはいつも通りツバキとヒイラギもしっかりと付いてきている。


「とりあえずツバキ。ヒイラギ、その少年を拘束し」


「「承知いたしました」」


 二人は素早くレンリに近づくと予め用意していたのか太い縄で体を拘束していく。その様子を俺は呆然と眺めていた。だが、ハクヨウは何か感じているのか口元がわずかに緩んでいるように見えた。


「何かあの少年に思う所でもあるのか?」


「いいや、何にもないわ。ただ、ほんにかわいそうやなと思うとっただけや」


 どう見てもそうは見えなかったが藪をつついて蛇を出すのも忍びない。俺は心の中の疑念を底の方まで押し込める。


「さて、事件も解決したようやし二人はこれからどうするん?」


「そうですね。私たちはこのまま救世機関の本部へと帰還しようと思います。この子をずっと拘束しておくのも忍びないですし」


「ほんにアリエスはんは優しいわー」


 ハクヨウは笑顔でそう告げた。


「帰る足が必要なんやったらうちの馬車を手配しても構わへんけど……どうします?」


「それは助かります。今から本部に要請していては帰るのは早くても明日の朝になってしまいますから」


「それじゃ……ヒイラギ。商会の方から持ってきてくれる?」


「承知しました」


 ヒイラギはハクヨウの命令が下ると拘束するのをツバキに任せ、素早く立ち上がり塔の外へと駆けていく。


「とりあえずヒイラギが帰ってくるのを待ちましょか」


「そうですね」


 アリエスが相槌を打った時ちょうどよくツバキが立ち上がり、縄で一切の抵抗を封じられた少年を俺の目の前まで運んでくる。


「ハクヨウ様、拘束完了しました」


「ご苦労やった」


 ハクヨウが労いの言葉をかけるとツバキは嬉しそうに頭を下げた。その様子から卓越したカリスマ性が伺える。この先二人の権力者がいなくなったこの街は実質この女に支配されるだろう。だが、今までの様子を見るに無茶なことはしないはずだ。


 俺が考えていることを見透かしたのかハクヨウはこちらを見るとにこりと笑う。


「安心し。うちはいなくなった二人のような人間とちゃうよ。超えてはいけん境界線をきっちり理解しとる。少なくともあんたらが動くようなことはもうこの街では起きんと思うわ」


「そうだと助かる」


「信じてますよ」


 ハクヨウはその言葉を受けて紫紺の瞳を細め、艶やかな笑みを浮かべた。

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