第39話 チェックメイト

 俺は以前発見した拠点の近くまで来ると炎の反応が二つあるのを確認し、全力の蒼炎を放つ。ここに何か仕掛けがあるのは分かっているが今は無効化する手段がある。それが<虚構の黄炎>。この炎は俺の炎を引きせ寄せる。つまり、この蒼炎は避けられない。不可避の裁きが確実にあの謎の人物を襲うはずだ。


 俺の視界には炎が建物を捉えているようには見えないが構わず攻撃を続ける。すると、いきなり視界の中に半壊し、炎上している無惨な現場が現れた。領主以外無差別に攻撃設定をし、惜しみなく神力を込めた攻撃は凄まじく狙った人物どころか他のやつらも全員巻き込んだようだ。肉の焼けた匂いが鼻孔をくすぐるのを感じながら壊れた建物に侵入する。腰の剣を抜き、一応警戒しながら進んでいくと血だまりに浮かぶ領主の体と赤い瞳をした男が立っているのが見えた。ぴっちりと体に張り付いた服からは鍛錬を重ねたであろう肉体を見て取れる。だが、注目すべきはそこではなく付け根からすっかりとなくなっている左腕だろう。


「やってくれたね、<灰の勇者>」


「お前が会場で戦った男か?」


「面倒なことをしてくれたよ。もうここを去るだけで僕の任務は達成できたというのに。おまけに腕も失うなんて……人生最悪な日だよ。全く僕になんの恨みがあるんだか」


「お前が会場で戦った男か?」


「あーあ。もうすぐで僕も<蠍>の幹部になれたのにこれで全部パーだ。部下も全員失うし、踏んだり蹴ったりだよ。それもこれもヴィクトル・グランツのせいだ。あいつがお前たちを巻き込む計画さえ立てなければどうにでもなったのに。こうなった以上あいつも殺してあげないと」


 全く話を聞かない目の前の狂人にため息をつきたくなるがぺらぺら喋ってくれるおかげでヴィクトル・グランツが黒幕だというのは理解できた。疑惑を確証に変えることはできた。まあ、嘘の可能性やヴィクトルが死体で誰かに操られている可能性があるためこれで解決とはいかないがそれは後でいくらでも確かめられる。


 一番の情報源になりそうだった領主は多分死んでいるが十分おつりはくるだろう。俺は再びおしゃべりな男に向かって蒼い炎をを放つ。男はそれを事もなさげに躱す。


「つれないなー。少しくらいおしゃべりに付き合ってくれてもいいだろう?」


「俺はお前を始末すれば終わりというわけではないからな。長居するつもりはない」


「そう言うと思ったよ。でも、僕と話した方が有意義だと思うよ。まだ分かってないんだろ?ヴィクトル・グランツの裏にいる人について」


 俺は思わず体をぴくりと揺らす。


「やっぱりね。まあ、分かってるなら俺たちに構うわけないけど」


「お前は真実を知っているというのか?」


「もちろん。そのすべてを知ってるよ」


 その自信満々な様子は嘘をついているようには見えない。流石一拠点とはいえ<蠍>の首領格、腕を焼かれてなお余裕を崩さない。確実に自分が不利なはずのこの状況で俺の知りたい餌をぶら下げ『戦闘』を『交渉』にする手腕も見事というしかない。


「だから、取引をしようよ」


「条件は?」


「僕を見逃すこと」


 予想通りといった条件だ。こちらが譲歩するかもしれないぎりぎりのラインを攻めてくる。


「断ると言ったら?」


「戦うしかないね。お互い全力で」


 そう言った目の前の男は嫌な圧力を放っている。紛れもなく強者のそれだ。戦うとなれば確実に勝てるとは言えないくらいの実力はあっただろう、両手があれば。


「いいのか?そうなればお前は確実に沈むぞ」


「分からないよ。君には僕のすべては見せてない。会場での実力で判断しているなら痛い目を見ることになるよ」


 やつの迫力はさらに増す。前言撤回だ。今の彼も十分に強敵だ。全力で戦っても勝てるかわからないほどに。それに今は能力も使えないようだ。これは大人しく交渉に応じた方が良さそうだ。……




「分かった。交渉に応じる」


 その言葉を聞き僕は思わず心の中で歓喜のファンファーレを鳴らした。何せこれで僕は勝てるのだから。


「賢い君ならそう言ってくれると思ってたよ。でも、お互いがお互いを信用できないよね。だからこうしよう」


 僕は足元に転がっている領主の衣服の一部をちぎり、血だまりに人差し指をつけその破った布に文字を記す。そして、腰につけていたナイフに結び付ける。


「この布に黒幕の名前を書いた。そしてこれを今から遠くに投げる。君はこれを追いかけてくれればいい。その間に僕は逃げさせてもらう」


「駄目だ。それでは結局お前の言葉が信用できるかわからない」


「別にそれでいいでしょ。拷問でもして僕が吐いた答えを信用できる?できないでしょ。君は僕の言葉をもとに調査すればいい。君には便利な判定機がついているだろ」


「適当な言葉を描いてるかもしれないだろ」


「確かにそうだね。だったらあれを出しなよ。アストレアの契約書。持ってるだろ?」


 勇者は一枚の紙を取り出した。留め具を外し、開かれたその紙には焼き付けられたような文字が刻まれており、一番上には天秤の意匠が刻まれている。


「それで契約すれば僕はその内容を遵守しなければならない。そうしなければ罰を受けるからね。それで満足?」


「ああ、契約内容は一切の虚偽の禁止だ。破れば死ぬ」


 勇者は右手にもった剣で親指の腹を軽く切りつけ紙に拇印を押す。その紙を留め具で止め僕に投げつけてくる。僕もそれに倣い、拇印を押し勇者に返す。


「じゃあ、これで契約完了だね。いくよ」


 僕はナイフを構え振りかぶる。そして、投擲する。勇者の顔面目掛けて。勇者が面食らってる隙に僕もナイフ同様勢いよく接近する。勇者は咄嗟に右手の剣でそれを弾こうと上段に構えるがもう遅い。それを弾けば僕の一撃を躱せない。もし躱せても長話の間に建物の下から伸ばした影の刃が背後から襲う。だからやつは能力をつかうだろう。しかし、勇者の能力で生み出される炎はその範囲を広げれば広げるほど威力が落ちるのは知っている。だからおそらく目の前の僕に炎を飛ばしてくるはずだ。


 避ける準備をしながら近づき背後から仕留める。これで完全に詰みだ。僕は勝利の笑みを浮かべながら背後から影の刃を突き立てた。

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