第38話 追跡と蠍

 俺は塔を抜け出し、ある場所へと向かっていた。スラムにある<蠍>の本拠地だ。以前は見逃したが今回はそうはいかない。何故なら俺の炎が指し示す先がそこだからだ。


 俺は人通りの多い通りを避けるために建物の屋根に上り跳び、駆けていく。多少注目を集めてしまうが問題ない。フードを深くかぶり顔を見えないようしている。だが、怪しい格好をしているのも事実だ。衛兵にでも見られれば止められてしまう。それでも俺は一刻も早く目的の場所へと向かうことを優先する。


 運が良かったのか大した騒ぎにもならず、スラムの入口まで移動できた。その間およそ五分。普通の道を歩けば数倍の時間は取られていただろう。ここからは気配を殺し、足音も立てないように進んでいく。相手も傷を負ったばかりのはず。すぐには拠点から動かないだろう。俺は心を落ち着け慎重に警戒しながら目的地を目指す。……



 拠点の扉が勢いよく開けられ、髭面のくたびれた男が真っ青な顔で入ってきた。


「おい、グラゼル、グラゼルはいるか!」


「騒ぎ立てるなよ、領主様。突然何の御用時で?」


 襲撃に参加した他のメンバーと共にベッドに座り忌々しい銀髪の男に切られた傷の手当てをしながら対応する。


「何の用だと!お前!自分が何をしたのか分かっているのか!」


 先ほどまで青かった顔を真っ赤に染め詰め寄ってくる。ころころと表情を変え、忙しないやつだ。


「あなたを蹴り飛ばした。何か問題でも?」


「問題大ありだ! あの場には聖女もいただろうが。私が気絶すればあいつは私の頭の中を探るに決まっているだろう!」


 鼻息を荒くし、怒鳴り散らす領主の姿は滑稽だった。大道芸人のピエロに匹敵するくらいの道化具合だ。だが、ここで笑えば暴れだしそうな勢いだ。それは勘弁してほしい。


「落ち着いてくださいよ。あの行動は僕たちとあなたの関係性を探らせないためにあえてやったことだよ。一応手加減したんだけどまさか気絶してしまうとは思わなかったんだ」


 血走った目をこちらに向け唇を噛み締めている。おそらく煽りのような僕の言葉に腹を立てながらもこれからどうするべきか必死で考えているのだろう。もう詰んでいるというのに往生際の悪いやつだ。


「この落とし前はつけてくれるんだろうな」


「当然だよ。ちょっと耳貸して」


 僕はしっかりと腹に包帯を巻くと手招きして領主を呼び寄せる。無防備に近づいてきた領主の左胸に腰のナイフを素早く突き刺す。そのナイフは背中まで貫通しその切っ先は血で妖しくきらめいていた。


「な、なにを……」


 状況を把握できていない領主をよそに僕は突き刺したナイフを勢いよく引き抜く。胸から血が噴き出し、領主は地に付した。


「まあ、君は嵌められたんだよ。僕たちは君よりも先にある人物から依頼を受けていたんだ。内容は君の排除。ここまで言えば足りない頭でも理解できたかな?」


「……誰が……こんなことを……」


 領主は絞り出すように必死に声を出す。


「まっ、最後に教えてあげるよ。冥途の土産ってやつにね。これを計画したのはヴィクトル・グランツだよ。彼とは長い付き合いでね。彼は前々から君を消す計画を立てていたのさ」


 僕はわざわざ領主の顔を覗きこむようにしゃがみ込んで顔を近づけ、彼が疑問に思っているだろうことを話してやる。


「えっ、なんでパシフィック商会のハクヨウは狙わなかったのかって? それはねー。狙う必要がないからさ。彼はこのアルカン王国の上位貴族に手を回して爵位を得るつもりだったんだ。そして、君が失脚した後のこの街の領主になる予定なのさ。そうすれば競合している商会なんてどうにでもなる。それにグランツ商会にとって邪魔な勢力二つとも消えたら厄介な番犬に目を付けられるでしょ? 君みたいにね」


「……では、あの亡者どもは……」


「あれは僕たちもよく知らない。ヴィクトル・グランツが持ってたものだからね。でも君があれを使ってグランツ商会を襲わせた理由は魔物の出どころは君だと思ってもらうためらしいよ。それにこの記録があれば君を一気に黒にできるからね」


 血だまりに倒れる領主の顔は苦痛と屈辱で歪んでいる。その顔を見下ろす僕は最高の愉悦を感じていた。


(やっぱり堪らないな。プライドの高い人間が無様に沈んでいく光景は。本当はもっといたぶってから殺したかったけど早くここから去らないと厄介な勇者さまが来てしまうからね)


「じゃあね、領主さま。精々残り僅かな生を楽しんでくれ」


 そう声をかけたがもう足元に転がる男はぴくりとも動いてなかった。僕は退屈を感じながら立ち上がる。


 僕は治療のため脱いでいた外套を羽織りこの拠点を後にしようとした時、外套の内側に光る何かを見つけた。それは黄色い炎だった。


「何だ、これ」


 僕はその奇妙な炎を消そうと手で数回叩いてみるが消えないどころか熱ささえ感じない。


「まさかこれ聖者の力か!」


 その可能性を理解した途端、僕の脳裏に最悪の結末が過る。


「おい、お前たち。早く準備を済ませろ。今すぐにでも拠点を放棄する」


 突然の指示に困惑している様子だがこいつらに理解させている時間はない。いっそ僕だけでも……そう思った瞬間、僕の赤い瞳に見覚えのある蒼い炎が姿を現した。

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