第37話 解決への糸口
襲撃者の一団が去り、辺りは静まり返っていた。どうやら客のほとんどはこの場から逃げ出しているようだ。焼け焦げた匂いを嗅ぎながら左腕と左肩に刺さったナイフを抜き、神具の中に仕舞う。
「大丈夫でしたか。勇者殿」
駆け寄ってきたのはヒイラギだった。見たところ彼は多少の裂傷のみで済んだようだ。
「ああ、なんとかな」
「ですが、傷が……」
「このくらいなら問題ない」
俺は傷口を朱色の炎で燃やす。<再生の紅炎>、俺の聖者としての力の一つだ。血液を媒介として肉体的な傷を癒す。血液で着火された美しい緋色の炎が見る見るうちに傷口を塞いでいく。
「それは……また……」
何か言いたげな様子のヒイラギだが何を言いたいのかは分かっている。この力の出鱈目さについてだろう。攻撃能力だけでも反則級なのに再生能力も有しているのだから。これ以外にも探知能力もあるのだがヒイラギには見せていない。
だが、どれだけの力を持っていても仕方がないと思われる。何故なら俺は<勇者>なのだから。
「お疲れさん。勇者はん。それに、ヒイラギも」
ハクヨウが事もなさげに話しかけてくる。
「談笑してるとこ悪いんやけど治す力持ってはるんやったらあの人治してやったほうがいいんとちゃいます?」
ハクヨウが指さした先にいたのは謎の人物に最初に攻撃されぴくりとも動かない領主ガルニエだった。
「確かにそうですね」
俺たちは領主に近づいてく。俺たちよりも先にアリエスやヴィクトルが容態を見てくれていたようだ。
「たぶん右腕と肋骨が二、三本折れてる。他は軽い打撲程度だから大丈夫そうよ」
「わかった。それぐらいなら治せる」
俺は神具からさっき回収したナイフを取り出し、手首を軽く傷つける。領主の体を起こし、ぽたぽたと流れ落ちる血を折れたケ所にかける。血液が赤く燃え始め、変に折れ曲がっていた腕は真っ直ぐになっていく。肋骨の方は見た目には分からないが目を覚ませば分かるだろう。
するとタイミングよく領主は目を覚ます。
「私は……いったい……」
状況がうまくつかめていないのかきょろきょろと辺りを見回す。焼け焦げた床や破壊された備品の数々、そして招待客がいない現状からどうやら今の状況を理解したようだ。しかし、彼は何故か見たこともないくらい青い顔をしている。
「そうか…私は何者かにやられたのか」
領主は先ほどまで倒れていたとは思えないほど勢いよく立ち上がる。
「ガルニエ殿、あまり動かれない方がよろしいのでは?」
「そういうわけにはいかないでしょう。謎の集団が襲ってきたのですから。この街の領主として寝ているわけには行きませんよ」
そう言うとハクヨウやヴィクトルの精子の声を聴かず会場から出ていった。
「どうしはったんやろーな。あんなに慌てて」
「ふむ、私にも何か焦っているように見えたね」
「珍しく意見が一致しましたなー」
「不本意ですがね」
当たり前のように笑顔で舌戦が繰り広げられる。だが、今はそんな場合ではない。俺が動き出そうとすると肩をポンと叩かれた。アリエスだ。
そして、その瞬間様々な情報が流れ込んできた。その多くの情報を得て領主の行動に合点がいった。何故ならあいつはアリエスにすべてを読まれてしまったのだから。<蠍>との契約関係、ヴィクトルとハクヨウの殺害依頼、魔物の発生実験すべてを知られてしまったのだ。おそらく領主は自分が気絶している間に記憶を読まれた可能性を瞬時に判断し、あいつらに文句でも言いに行くつもりなのだろう。無駄に判断能力があるのが逆に滑稽だ。
俺が不敵に笑うとアリエスもつられて笑みを浮かべている。まだ、手が俺の肩に触れているところを見ると俺の記憶を覗いているのだろう。俺の算段も話さずに済むため都合がいい。この状況では口で話すわけにはいかない。
俺の記憶を読んだアリエスは安心したような笑みを浮かべていた。それはおそらくこれでこの事件を収められるという安堵の表情だろう。
「さて、うちらはこれからどうします?」
「私は避難させた客の対応がありますが……できればあなたたちにも手伝って欲しいものですね」
意外な指名にハクヨウは目をぱちぱちとさせる。
「うち?聖女はんはわかる。でも、あんさん的にはうちは邪魔やないんか?」
「いやいや。こうなった以上怒りを鎮めてもらうには私だけでは力不足でしょう。収束を手伝ってくれればそれなりの礼はさせてもらいますよ」
「ふーん。まあ、ええわ。聖女はんはどうや?」
「もちろん、お手伝いさせてもらいます。ですが……」
「俺は別行動させてもらいますよ」
「ほう、それはどうして?」
「逃げたやつらを追うためです」
その宣言に一同は嫌らしい笑みを浮かべ喉を鳴らす。
「つまり、君には彼らの動向が分かっているということかね?」
「ええ、俺の力で」
最初に包帯男を殴った時首のところから手を入れ、外套の内側に<虚構の黄炎>をつけておいたのだ。これが燃え尽きるまで数時間の余裕はある。気づかれない限り見失うことはないだろう。
「なるほど。ではそちらは君に任せるとしよう。見たところあの戦闘についていける人材は私の商会にはいないからね」
「不本意やけどうちもその人に同意やわー。絶対捕まえてきーよ」
「ええ、もちろんです」
俺は振り向き目的の場所へと向かおうとする。その時一瞬アリエスと視線が交錯するがその目には信頼の色が濃く見えた。俺は僅かに口角を上げ会場を後にした。
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