第40話 急転

 俺は飛んでくるナイフと男を視界に捉え一瞬体が固まる。動揺からの反応ではない。あまりに上手くいきすぎている現実に震えたのだ。背後からの何かに気を配りながらも剣を上段に構え、そのまま勢いよく振り下ろす。その刃は飛んでくるナイフを両断し、突っ込んでくる男を斜めに切りつける。


 それと同時に俺の左胸から黒い何かが生えていた。おそらくやつの力だろう。確実とは言えないが目の前の男の能力は影を媒介にすることで様々な力を行使するものだと当たりをつけておいた。俺を貫いているこの攻撃は影自身を刃に変えたといったところか。左肺を貫かれ、ごほごほとせき込み血を吐く。影の刃はすぐに消滅し刺された部分からも血が流れだしていた。


「な……ぜ……」


 剣戟を受け仰向けに倒れた男は残っている力を振り絞りながら声を出している。前の時の傷と違い今回は深いところまで切りつけた。事切れるのは時間の問題だろう。


「何故と言われても困る。だが、強いて言えば俺がお前の考えを読んでいたということだ。だから、背後からの心臓目掛けた攻撃も少しずらせたし、突っ込んでくるお前に致命傷も与えることができた」


「ありえ……ない。ここまで完璧に読むなんて……」


「不可能じゃないさ。お前は最初なりふり構わず戦う姿勢を示し、俺を牽制した。そして、その後すぐに交渉を持ちかけてきた。この様子から最初俺はお前は逃げるつもりなのかと考えた。だが、すぐに思い直した。逃げる気なら俺が攻撃してすぐに逃げるはずだとな。お前は明らかに俺を待っている感じだった。つまり、お前は俺と戦う気だった。それなのに交渉を持ちかければ誰でもおかしいと思う」


「そんな……こと……僕も分かってる。だ……けど攻撃方法も読むなんて……」


「お前は知らないのだろうが<勇者>という人種は聖者の力に敏感だ。事前に発動している能力でない限りどれだけ隠してもその兆候は察知できる。話している最中にお前から延びた何かが俺の背後に回っているのは気づいていた。交渉の内容は意外だったが最後お前がナイフを手にした段階で攻撃してくると分かっているのだから飛んでくると思うし、それを陽動にしてお前が近づいてくるかもしれないと考えるのは普通だろう」


 男はそれを聞き、笑いだす。それはもう愉快そうに。男の口からは笑うたびに痛々しく血を噴き出している。


「どう……やら……僕……はとんでも……ない化け物に挑んで……しまった……ようだ」


 男はゆっくりと右手を軽く上げ、俺が両断したナイフに刺さっている布を指さす。


「僕の……遺言……せいぜい……生かして……ください」


 上がっていた手は力なく地に落ちる。近づいて首元に手を当ててみるともう脈はなかった。その顔は意外にも晴れやかな顔をしていた。


 俺は両断されたナイフの刃に付けられていた布を拾い、何が書いてあるのかを確認する。書かれている言葉に思わず目を見開く。


「まさか……」


 俺は得も言われぬ不安感を感じ、納刀しグランツ商会の塔へと走り出した。

 ……



 私たちはシンが出て行ったあと避難した人たちの対応をするはずだったがどうやら大した問題はなかったようでハクヨウさんとヴィクトル氏だけで事足りたようだ。というよりも救世機関の人間が出ていく方が警戒されるとヴィクトルが考えたからそう言ったのかもしれない。まったくそれなら最初から強力なふぉも止めなければよかったのに。私は仕方なく二人が話をしている隣の会長室で一人待つことになった。


 だが、あの人たちと過度に離れなければ大した問題じゃない。それに後二十分もすればシンも帰ってくるはずだ。私は手持無沙汰にソファにもたれ掛かっているとこんこんと扉が音を立てる。


「どうぞ」


 がちゃりと音を立てて開いた扉から現れたのは一人の見覚えのある少年だった。


「レンリ君よね? どうしたの?」


「会長からこれを持っていくように言われて……」


 その手の盆にはティーセットが乗っていた。それをテーブルに置き、慣れた手つきで紅茶を入れる。


「どうぞ、お口に合えばいいのですが……」


 緊張気味に差し出されたそれを断るわけにもいかない。私は笑顔でそれを受け取ることにする。


「そんなに緊張しなくてもいいわよ。味にうるさいわけではないから」


 私は入れてもらった紅茶を飲む。意外にも味はよくごくごくと飲んでしまえた。空になったカップを置く。


「ありがとう。とても美味しかったわ」


「それは良かったです。飲んでもらえて」


 含みのある言い方に一瞬引っ掛かりを覚え、聞き返そうとした瞬間めまいのようなものを感じた。立ち上がろうとしても意識がはっきりとせずバランスを崩してしまう。ソファに倒れこんだ私の瞳に飛び込んできたのは見たこともないほど昏い昏い闇を宿した少年の瞳だった。


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