第3話 都市メルリア

 馬車に揺られること数時間、日が傾き始めた頃目的の都市メルリア近郊の森林まで来ていた。俺とアリエスはそこで降車すると御者に金を渡し礼を言う。馬車が来た道を戻っていく様子を見送ると俺と少女は街の方へ歩を進める。数十分ほど歩くと都市の外壁が見え始めた。流石この国屈指の商業都市だけあってこの時間帯でも荷を積んだ馬車が列を作っていた。俺たちは視線を横に移し、その隣にある人間用の入口に向かって歩いていく。


「やっぱりここまで馬車で来なくてよかったわね。この様子じゃもし乗ったままだったら街に入れるのは夜になっていたわ」


「それよりも俺たちがここにいるのを知られる方が不味いだろう。折角の手掛かりが逃げ出すかもしれない。しっかり顔を隠せよ、有名人なんだから」


 そう言って灰色の外套についているフードを被り、アリエスに近づき自分と同じように頭にそれを被せる。そして、街の入口に近づくと門番らしき人間がこちらを見て手のひらを突き出す。


「そこの二人止まれ」


 俺たちは足を止め、通行料の銀貨二枚を支払う。金の価値は銅貨、銀貨、金貨の順で高くなる。一人の人間が一か月に十分な生活を行うために必要な金額が銀貨一枚と言われているのでこの料金設定はそれなりに高いと言えるだろう。


 門番は受け取った金を太陽の光に当て、確かめると横にある詰所のような場所の窓口にある木箱に入れる。男は振り返り俺たちをじっくりと眺めながら訪ねる。


「この街には何の用だ?」


「ここにいる人に用があってね」


 そう言って俺はさらに二枚の銀貨を門番に放る。それを受け取った門番はろくに顔も確かめずに素通りさせてくれた。門から少し離れるとアリエスは辟易した様子で言葉を吐き捨てる。


「どこの街の組織も腐っているものね」


「仕方ないさ。大きくなればなるほど下の者には目が届かなくなるからな。それにこの街は商業によって成り立っている場所だ。だから、そうゆう側面が特に強くても無理はない。まあ、そのおかげですんなり入れたんだけどな」


 俺たちの行動を皮肉るとアリエスは自分は違うと言わんばかりの視線を送ってくる。そんなものは意に介さず俺は目的の領主の屋敷らしきものに当たりをつけようと周りを見渡す。すると、塔のような二つの巨大な建造物と街の奥の方に周囲の建物よりも一回り以上大きい屋敷が見えた。


「あの屋敷が領主の邸宅だな。行くぞ」


 俺はそう言ってその屋敷の方へと向かって歩き出す。アリエスは二つの塔のような物が気になったのか視線をそちらへと向けながら小走りでついてくる。


「ねえ、シン。あの塔みたいな建物は何なの?」


「あれはこの街の二大商会であるグランツ商会とパシフィック商会の本拠地だな。この国でも有数の大商会だ」


「ふーん。そうなんだ」


 自分で質問をしたのに生返事をし明後日の方向を見る少女を見て呆れ混じりの視線を向ける。アリエスの見ている方を見ると身なりの良い少年を小汚い青年たちが追いかけているのが視界に入った。介入すべきかと俺が一瞬迷っている間に少女は少年たちの方へと走り出していた。俺は軽く舌を鳴らし少女の背中を追いかける。


 路地の突き当りまで追い詰められた少年は青年たちに囲い込まれていた。


「良い身分だな、レンリ。つい最近まで俺たちと同じ立場だったのによ」


 青年の一人が少年の胸倉を掴み引き寄せる。


「だが、俺たちは別にお前を責めてるんじゃないぜ。俺たち仲間だもんな」


 青年たちは下卑た笑みを浮かべ彼の懐を漁り、金属音の響く皮袋を取り上げた。男は掴んでいた手を勢いよく放し、少年を転倒させる。青年たちは袋から覗く煌びやかな光を見て歓喜の声を上げた。


「また、頼むぜ」


 立ち去ろうとする男たちの前に少女が立ちふさがった。胡乱な視線が少女に向けられ、青年が言葉を発しようとした瞬間俺は青年の首筋に銀の刃を突き立てた。


「その金を置いて今すぐここを去れ。従わなければ……分かるな」


 剣の刃がさらに首筋に寄せ男の血が滴る。男は声にもならない悲鳴を上げ皮袋を放り捨て一目散に元の通りを走り抜けていく。


「どけぇー」


 男はみっともない怒声を上げ、腕を振り回しながら少女に突っ込んで行く。アリエスはその腕に押しのけられ路地の壁の方へ軽く突き飛ばされた。他の男二人も慌ててその後をついて走り去っていく。


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