第2話

「まだ寝たかった。」

 メンフィスは眉根を寄せてブツブツ呟いている。

「王子がサボるな。」

 というか、男を抱きしめるな!

 私は大きく溜息をついた。

「あっ。」

 言葉と共にメンフィスの体が大きく揺れる。


 これはヒロインと王子の出会いイベントだ。

 ヒロインが王子に謝っているところを悪役公爵のトレスは一言。

『誰にぶつかったと思っている。無礼者。』

 思い出してもイラッとする台詞を吐くのだ。


「すみませんっ。私…。」

 必死に謝るアリスにメンフィスは何事もないかのように黙っている。

「…今度は気をつけなさい。」

 私は短い時間、頭を回すだけ回してやっとこの言葉を吐いた。ついでにかわいいと思っていた髪をワシャワシャしておく。

「は、はいっ。ありがとうございますっ。」  

 ん?アリスの目がキラキラ?私は不思議そうに首を傾げた。アリスはもう一度頭を深く下げると走っていった。

「廊下を走るからだろ。」

 フッと私は笑う。

「…アリスが気になるみたいだな。」

 ポツリとメンフィスが呟く。

 ん?なぜメンフィスが不機嫌に?私はまた首を傾げる。

「いや、ウサギみたいだろう?」

 私は再度頭を回すだけ回してやっと言葉を吐く。

「…そうだな。」

 メンフィスはそう言って私をおいてさっさと行ってしまった。

「なんなんだ?」

 まったくわからない。


 トレスの部屋。

「疲れた。転生1日目にしてこれだけ疲れるなら2年間もつだろうか。」

 アリスと王子が結ばれるのは確実なのだから流れに任せていれば大丈夫。よね?

「それよりも。」

 自分はシャツの前を掴み、覗く。貧乳と思っていたが、そこそこはあることに気付いた。サラシはいらないと思っていたが明日からはしたほうがいい気がする。

「メンフィスが抱きついてきたらバレる。」

 あの時は寝ぼけていたからよかったが。

 ウエストはどうにもならない、か。なるべく人との接触を避ければどうにか。

「トレス様、紅茶をお持ちしました。」

「ありがとう。入って。」

 朝、パニックになった侍女が入ってきた。ジュリアと言う。あとで知った。乙女ゲームは細かい人物の名はあまり出てこないから。

「ジュリア、いつもありがとう。」

 私はほほ笑む。ジュリアは嬉しそうに表情を明るくした。

「こうやって1日1日を乗り切れば時は経つものだ。」

 紅茶で落ち着いた私は目を瞑った。


「トレス、いや俺の。」

 メンフィスは窓に腰掛け、夜空の星を見上げる。

 

「あれ?メンフィス?」

 屋敷の前にメンフィスがいつも学園へむかう時に使っている馬車がとまっていた。昨日はなかったのになぜ?

「通り道だからな。」

 理由を聞けばそう答えられ、王族の好意を断るわけにもいかず、私は馬車に乗ることに。

「お?あれはアリスじゃないか。」

 窓の外でアリスの後ろ姿が見えた。


 これはイベントだ。

 ヒロインは馬車が壊れて徒歩で学園へ。そこで王子の馬車が通り、王子に乗せて行ってもらう。その時にも悪役公爵の嫌味が。

『伯爵令嬢として恥ずかしくないのか。』

 今思い出してもイラッとする台詞だ。


 さあ、アリスのそばまで馬車がやってきた。

「え?乗せてやらないのか?」

 メンフィスは馬車をとめることなくアリスの横を通り過ぎる。

「なぜ俺が?」

 はあ?乗せてやらなければ恋が進まないだろう!

「すまないが、とめてくれっ。」

 私はメンフィスの馬車であることも忘れ、御者に声をかけてとめてもらう。

「アリス。馬車に乗れ。」

 私はアリスを馬車へ乗せた。

「ありがとうございます。馬車が壊れてしまい。」

 私とメンフィスに向かい合うように座るアリスは頭を下げてお礼を言った。

「すまない。メンフィスの馬車なのに。」

「かまわん。」

 申し訳なさそうに言う私にメンフィスはそう言うと目を閉じ、私の肩に頭を乗せた。

「仲がよろしいのですね。」

 アリスがクスリと笑う。かわいいなぁ。私もクスリと笑った。

「れ、令嬢が徒歩で学園に行くことはこれからやめなさい。」

 私はハッとして首を振るとどうにか台詞を言った。


 ちゃんと二人の恋は進展しているのかな。ゲームのように好感度の数値はないのでお互いの心の進み具合がわからない。私から見て二人はいい感じ…には見えない。

「私、いない方がいいのかな。」

 間をとりもっているつもりが邪魔しているとか。アリスは何かと私に話しかけてくるし、メンフィスは私にベッタリだ。


 今は昼食タイム。

 アリスから朝のお礼だとお昼のお誘いがあり、庭でアリスの屋敷から来た侍女たちに用意してもらった昼食を食べている。


 イベント。ここでヒロインが転けそうになるのを王子が抱きとめ、高感度アップ。


「私のオススメのデザートがあるんです。取ってきますね。」

 アリスが立ち上がり、取りに向かう。そしてイベント通りに足が椅子に引っかかって。ほら、メンフィスが。

「え?」

 メンフィスは倒れていくアリスを見ているだけ。嘘でしょっ。私は慌てて立ち上がったけれど足を引っ掛けてしまった。

「きゃあっ。」

 アリスをギリギリで引き寄せ私は下敷きに。そこに運悪く落ちていた尖った石が私のこめかみをかすった。

「トレス様っ。」

 こめかみから血が流れ、手でおさえる私にアリスは叫びながら慌てて起き上がり、取り出したハンカチを私のこめかみにあてようとした時だ。

「う?わぁっ。」

 体がグンッと持ち上がり、私は慌てた。メンフィスが抱き上げたからだ。

「メンフィス?」

「医務室へ行くぞ。」

「私も!」

 続こうとするアリスをメンフィスは睨むことで制する。

「いらん。」

 震えるアリスをおいてメンフィスは歩きだす。


「頭からは小さな傷からでも血が多く出るものだよ。」

 心配するメンフィスに私は大丈夫とほほ笑んだ。だけど本音は泣きそうだ。レディを守った勲章だっ。なんて言えたかもしれないが私は違う。

「残らなければいいが。」

 そう言って貼られたガーゼに触れるメンフィスに私は堪らなくなった。

 私が一番好きな王子様。ヒロインなら、せめて悪役令嬢なら王子様と結ばれる努力が出来たかもしれない。でも、私は皆が男だと思っている悪役公爵だ。努力することさえ許されない。王子様がアリスと結ばれた後も私は王子様の隣で親友として過ごさなければならない。恋心を抱えたまま王子様に祝福の笑みを向け続ける。

「トレス?」

 メンフィスの指が傷から頰へと移る。

「すまない。なんでもないんだ。」

 実はけっこう怖かったみたいだと笑う私は自分の涙だを拭おうとした。

「トレス。大丈夫だ。」

 首を傾げようとしたトレスをメンフィスは引き寄せる。

「大丈夫だ。」

 私はメンフィスの背中に回しそうになる手を抑えるので精一杯だった。

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目覚めたら悪役公爵?うそ〜! 青白狭間 @aosironohazama

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