第25話 早乙女さんに相談してみよう!?

 順位を決定するための相談をさせてください、というユウスケの連絡に、早乙女は承知いたしました、夜お伺いします、という硬い文章の返事をよこした。

 実際に早乙女をどう味方として引き込むのか、約束の時間までにユウスケは悩んでいた。

 例えば、円花のように利害が一致するというパターンは、早乙女には望めないだろう。

 しかし、あの能面のような女をユウスケが誘惑する、というのもなかなか現実出来ではない。さらには、彼女の弱みなどユウスケは知る由もなかった。

 となると、残された方法と言えば情に訴えかけるか、あるいは真摯に向き合ってユウスケの気持ちを共有するしかなかった。

 どちらに転ぶか、ユウスケにはいまだ予想もついていなかったが…。

 少し重い気持ちでロビーで待っていると、エンジン音が聞こえ、玄関の前に車が停まった。

 赤い軽自動車で現れた早乙女が、いつものスーツを着ていなかったことにユウスケは驚いた。

 「すみません、お待たせしましたね。ここで話してほかのお三方に聞かれるのも心苦しいでしょうし、すこし遠くなりますがおすすめの店があるのでぜひ。」

 いつもパンツスーツを着ている早乙女の、ふわりとしたスカート姿にどぎまぎしながらも、ユウスケは頷いた。

 茶色く華奢な丸い眼鏡をかけた早乙女は、いつもの印象とはかけ離れた柔らかい雰囲気を醸し出していた。こういう雰囲気を出して相談させやすくしてやろうというのも彼女の仕事のうちなのだろうか。

 暗闇の中で運転席に座る早乙女の白い肌が浮かび上がり、ユウスケは思わず見とれてしまう。

 普段はストレートで後ろで一つに揺っている髪も、今日は巻いているのか、ふわふわと揺れている。

 「すみません、急に。」

 ユウスケは何とか一言目を発した。落ち着いたジャズが流れる車内で、沈黙は苦ではなかったが、なぜだか謝らなければならない、という気にユウスケはなっていた。

 「ああ、いいですよ。仕事ですし。」

 早乙女は素っ気なくそう答えた。どうやら普段も仕事だから素っ気ないのではなく、もともとそういう話し方をするタイプのようだった。

 「それに、私が村田様の立場でも、悩んでしまうと思います。仕事とはいえ、お役に立てるのなら頑張らせてください。」

 早乙女の運転する車は、ユウスケの知らない道をすいすいと走った。

 こんな遅くにお勧めの店だなんて、もしかして大人なバーにでも連れて行かれやしないかとユウスケはドキドキしていたが、「着きましたよ。」と早乙女が車を停めたのは、こじんまりとした川沿いの喫茶店のようなところだった。

 店内に入ると、香ばしいコーヒー豆のにおいが充満していた。コーヒーサイフォンが並べられたカウンターには、白髪交じりのおじいさんが座っている。

 「ここのコーヒー、おいしいんですよ。ほっとするというか。コーヒーは飲めますか?」

 カウンターの一番奥に座りながら早乙女はユウスケに尋ねた。実を言うとコーヒーは好んでは飲まないのだが、ユウスケは早乙女の言うおいしいコーヒーという者が飲んでみたくて、「あ、はい。飲めます。」とうそをついた。

 「いつものコーヒー、二つお願いします。」

 早乙女は落ち着いた声でそう言った。

 店内にはほかに客はいない。アンティーク調の家具でそろえられた店内は、確かに落ち着いた雰囲気で、早乙女にもよく似合っていた。

 「どうぞ。」

 静かに差し出されたコーヒーの色は、深みがあるけれど温かみもあり、そして確かに香ばしいだけでなく甘く芳醇なにおいがしていた。

 「それで、相談、というのは、誰にしようか、という悩みということですか?」

 一口軽くコーヒーを飲んだ後に早乙女はユウスケに聞いた。彼女なりに、話のタイミングを気にしていてくれたようだ。

 ユウスケは、思いのほか親身な早乙女に対して、先ほどまで駆け引きを持ちかけようとしていたことをやや悔やんだ。

 「まあ、そうですね。」

 「確かにいきなり順位を決めろだなんて横暴ですよね。」

 早乙女はうなずく。

 「そうなんです。どうにかできないかと思って。」

 「すぐに決めなくても、とりあえず週替わりで順位を平等に入れ替えてみてはどうですかね?でもそれじゃ意味がありませんよね。」

 早乙女も真剣に悩んでくれているようだった。

 これをうけて、一つ明らかになったことがある。それは、この順位制を導入させたのは早乙女ではないということだ。これは、なかなかに大きな情報だ。

 「村田様は、今まで好きな子とかできたことないんですか。」

 唐突な砕けた質問に、ユウスケは「はあ?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。

 「いや、好きな子ですよ。好きな子。」

 早乙女は真剣な表情でそう繰り返す。気が付いているのかいないのか、少しずつ身体はユウスケに寄ってきていた。

 ゆれる髪からの甘いにおいとコーヒーの匂いにやられそうになったユウスケは、慌ててコーヒーを飲んだ。

 苦い味が舌の上に残り、ユウスケは表情に出ないようにつとめた。

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