第21話 協定を結ぶ?
「私と組んで、この国を私たちが支配して、こんなしょうもない制度なんて撤廃させてやりましょうよ。」
円花はユウスケをまっすぐ見つめてそう言った。
ここ最近で、初めて聞けた円花の本音であるようにユウスケは感じていた。イエスなのかノーなのか、答えを出す前に、しかし、ユウスケの口からは言葉が零れてきていた。
「つらい、つらい思いをしてきたんだね。頑張ってたんだね。」
同時に自分の目から涙も零れていることに、ユウスケは気が付いていなかった。それくらい、円花の心とユウスケの心は同化していた。今聞いた円花の話は、自分の身の上にも起こりえたことであるのだ。
高校時代の円花の態度に当時はかなり傷つき、悩んでもいた。事情を聞いた今でも、それをすぐに許せるかと問われると、即答することはできない。しかし、そんな相手に対しても優しくしてしまうのがユウスケの良いところであり、お人よし、と家族にばかにされるところでもあった。
ユウスケは円花の背中をさすった。小さい頃に、妹の桃華が泣きじゃくるのを慰めるときのように、優しく、優しく背中をさすった。
「…。」
円花もまた何も言わなかったが、先ほどまでの威勢はやや影を潜め、どこにでもいる十九歳の女の子へと戻りつつあった。
父を亡くした復讐をしてやる、という炎が消えたわけではなかった。しかし、ユウスケの、父を亡くした女の子に対して当たり前ともいえるその反応は、円花自身を普通の女の子に代えてしまうのには十分だった。
もうとっくに枯れ果てたと思っていた涙が、頬を伝っていくのが分かった。
暗い海の前で、ユウスケはずっと円花の背中をさすっていた。
その間、円花は涙を止めようとせず、止める必要性を感じないことを幸せにも思いながら、声をあげて泣き続けた。
ようやく落ち着いてきた円花に、ユウスケは声をかけた。
「この制度を、低いランクを差別するようなこの制度を撤廃させるのは、俺も賛成する。ただ…。」
言葉に詰まるユウスケを、円花は不思議そうに見上げる。泣き腫らした目や鼻が赤くなっていたが、その飾らない姿は、つんとしている時よりよっぽど魅力的だ。
「計画を入念に練らないと。SSSランクの残りの一人はおそらく政府サイドの人間だ。きちんと計画を立てていかなければ、つぶされてしまう。」
ユウスケの頭の中には、パーティー会場で出会った、ウメノという老人が浮かんでいた。
もし、選別計画を告知するためにあの会があったのならば、ウメノはあの場所に来る必要はなかった。さらに、あの老人が口にした言葉…楽しく経過を聞かせてもらうよ…今思えば、あれは誰に経過を聞くんだ?という疑問がわいてくる。
誰かがこの選別を監視している、そして選別についてうらで手を引いているのはあの老人であるに違いなかった。
「じゃあ、残りの二人にも声をかけて計画に協力してもらわないと…。」
そう言った円花を、ユウスケは手で制した。
「あの二人が味方である、という保証も今は、ない。」
円花は驚いたように目を見張る。
あの二人が敵であるという確証もないが、味方であることの確信が得られるまでは、計画を伝えずに進めていくのが無難だろう、とユウスケは考えていた。
もっと言うなら、円花ですら本当に味方なのかどうか、保証はない。しかし、周囲を信じることができるというのはユウスケの美点であった。円花を信じたい、ともユウスケは感じていた。
「とにかく、俺たち二人は絶対に力を合わせよう。協定を組もう。」
ユウスケはそう言って円花を見つめた。
「うん。」
円花は少し嬉しそうに返事をして、ユウスケの手に自分の手を重ねた。
「高校生の時のこと、ごめん。許されることじゃないけど。」
「…今すぐに許すことはできないと思う。だけど、今の話を聞いて、とりあえず信じてみようと思うから。」
「うん。信頼を勝ち取れるように、これからは頑張っていくつもり。」
わだかまりから、その絡まった塊をほどくための細い糸が出てきた、そんな状態だ、とユウスケは感じていた。円花の努力次第で、それはこれからさらにかたまっていくことも、ほどけていくこともあるのだろう。
重ねられた手の温かさに少し動揺しているのを悟られないように、暗く、どこまで続いているか境目も分からない海をじっと見つめた。
そんな努力もむなしく、ユウスケの心臓の音が聞こえてでもしまったのかと思うほど簡単に円花にばれてしまった。
「なに、ドキドキしてんの?ヘンタイー!」
そう言いながらも手を離さない円花にさらにどぎまぎしながら、ユウスケは、
「うるせえ!そういうところだぞ!信頼ポイント1減らすからな!」
「それはダメ!ごめんって!」
二人の声が、夜の海に響いて行った。
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