第20話 目論見と信頼
国の行政機関に勤める父は、幼いころから円花の憧れだった。父は、いつも、
「国の仕組みは、弱い人を守ってくれる、そうじゃないといけないんだよ。もちろん病気を治すお医者さんや、薬を開発する人も人の命を救うけど、国の仕組みっていうのは、健康な人たちであっても生きていけない、っていうことをなくしてあげるためにあるんだ。そうすることで、大勢の人の命を助けることにもつながるんだよ。」
と、円花に語り掛けていた。
「もうー、円花はまだ小さいんだから、そんなこと言ったってわかるわけないでしょ!」
話を聞いていた母が、笑いながらそう言うまでのワンセット。言葉の意味はなかなか分からなくても、仕事に誇りを持つ父はとてもかっこよく思えたものだった。
「円花も大きくなったら、どんな形でもいい、世の中の人を支えられるようになるんだよ。」
父はそうも言った。
円花はその言葉通り、小さい頃から、人の役に立つように、と心がけてきた。困っている人がいれば助けよう、自分にできる最善のことをしていこう、そういう円花の心がけは、円花の周りに人を集めていった。
「私、法学部を目指すことにしたの。」
円花がそう宣言したのは、高校二年生の春だった。法律関係の仕事につきたかった。法律で救える人はきっと多くいる、と円花は考えていた。父が苦労して行った法整備を世の中の人に正しく理解して使ってほしいと円花は考えていた。
「そうか。嬉しいなあ。」
父は本当にうれしげに、目じりにしわを作ってそう言った。
父の母校の法学部を目指す、というのは普段の円花の成績からすると、やや背伸びした選択肢だったために、円花は毎日きちんと勉強をし、授業で分からないことがあれば教師に聞き、また、友達に勉強を教えることで自分の中での理解も深めていた。
高校三年生の春の面談では、合格は確実でしょう、という言葉ももらい、家族で喜んだものだった。
そんな父がふさぎ込み始め、笑顔が消えていったのは高校三年生の秋ごろだった。
どんどん痩せこけていく父は、しかし、恨み言や愚痴はこぼさなかった。ただ、
「俺は、こんな仕事にかかわっていい人間じゃなかったんだ。」
と自分を責めていくばかりだった。
父が遺体で発見されたのはその年の冬、年の瀬で、寒空の中、極寒の海で見つかった。
入水自殺による溺死、というふうに断定づけられた父の死は、到底円花に受け入れることのできるものではなかった。
それからすぐに、父の不自然な死に疑問を持った円花は、父の書斎で前世階級についてのメモを見つけたのだった。
そのメモには、父が進めていった前世階級制度の整備を進めていくうえで父自身Fランクであることが明らかになったこと、Fランクは前世では反逆者であり多くの人の命を奪う立場の人間であったことなどが記されていた。
もうこれ以上自分の前世でのこの業に耐えることはできない、ともそこには書かれていた。
ぶくぶくに赤黒く膨れた父の遺体を前に、泣き崩れることしかできなかった円花は、そのメモを見つけてから気を取り直し、父の書斎を調べ漁った。
Fランクの父が亡くなったことなどどうでもいいのか、かつての同僚や上司、部下でさえも葬儀には参加せず、逆にそれが幸いとなり父の持っていた資料なども回収されることはなかった。
SSSランク計画、と銘打たれた一部の書類を見つけたのもそのおかげだった。
その計画の中には、円花の名前だけでなく、見覚えのあるクラスメイトの名前がそこにはあった。
そのクラスメイトにはこれと言って特徴はなかったが、優し気な瞳をしていることや、口数は少なくとも父と同じように愚痴や恨み言を言わないことから円花は好感を持っていた。
しかし、父が死んでしまった今では、逆恨みともわかりつつもそのクラスメイト・村田ユウスケに対してイラつきや反感を持ってしまっていた。
これは円花の意図するところではなかった。
全国民がこの階級について知る前から、全国にはがきが送付され、選別が始まった暁には、この計画をぶち壊してやる、と円花は息巻いていた。
それと同時に、法学部を卒業し、この腐った制度を必ず撤廃してやる、とも決意していたのだった。
ぶち壊すためには、まずはユウスケに取り入らなければならない、ということは分かっていた。しかし、円花は己の幼さから、ユウスケに対してかなり辛く当たってしまっていた。
隣の席のユウスケが少なからず円花をかわいいと思っているらしいことにも気付いていた円花は、見せつけるように彼氏を作ったりもした。
それが八つ当たりであることも、本来ユウスケは心優しく穏やかないい人であることも分かっていたのに。それを続ければ続けるほど、反比例して円花の心は荒んでいった。
ここから逆転して選別を勝ち抜き、そのあとにこっぴどくユウスケを振る、という作戦は完遂できるかあやしい。それに、振った後に他の候補者と結婚してしまえばその計画はパーだ。
そこで円花は、すべてを洗いざらい話して、ユウスケに協力してもらう道を選ぶことにしたのだった。妹がFランクという話を聞いて、勝算はいくらか上がっているように感じていた。
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