第17話 高校生時代の円花
長谷川円花は、クラス一の、いや、学園一の美少女だといっても過言ではなかった。その美貌は、入学するなり噂が広まって上級生や他クラスの男子が教室まで見に来るほどだった。
当の本人はというと、そのようなことは意に介してもいなかったようだった。
ユウスケが彼女と同じクラスになったのは、高校三年生の時のことだった。ほとんど友達のいなかったユウスケは、彼女の名前くらいは聞いたことがあったものの、見るのは初めてだった。
しかし、その美少女がおそらく長谷川円花であるだろうということは、見てすぐに分かった。
クラス替えが発表される日、ユウスケはもともとほとんどいない仲の良い友人が一人もクラスにいないことを確認し、これから始まる一年間の絶望生活をそのクラスメイトの名前が並んだ小さな紙に突き付けられたのである。
絶望に打ちひしがれながら教室に入ったユウスケは、窓際の席に座った、一人の少女に目を奪われたのだった。
春の柔らかい光をうけて、彼女の白い肌は発光したように輝いていた。風に肩まで伸びた髪の毛が揺られ、優しそうな瞳はじっと黒板を見つめていた。
ユウスケの視線に気が付いたのか、彼女はぱっとこちらを振り返り、ユウスケは目が合ったような気がして慌てて視線をそらした。
ざわついた教室内の音が、全く聞こえなくなるような錯覚を起こしていた。
おそるおそるもう一度彼女の方を見ると、彼女はやはりまだこちらを見つめていて、ユウスケと目が合うとにこりと笑顔を見せた。
ああ、きっとこの子が長谷川円花だ、とユウスケはその瞬間確信したのだった。
笑顔を見せたときの、彼女の唇が上がっていくそのスローモーションに、ユウスケは確かに目を奪われていた。なぜ自分に微笑んでくれたのか、ユウスケにはさっぱりわからなかったが、あの美しい笑顔の前では、そんなことはどうでもよくもあった。
「長谷川と同じクラスなんて、ほんとにツイてるな。」
そういう声が、どこからか聞こえてきた。
「やっぱりかわいいよねえ。でも、鼻にかけてなくて、みんなに優しいから嫉妬もできない。」
女子の、そういう言葉もまた聞こえてきていた。
事実、彼女は見た目が美しいだけでなく、分からない問題があると相談されれば丁寧に教えてやり、その華奢な体からは想像もつかないくらい体育の時間はエネルギッシュに動いた。完璧超人だ、と誰かは言った。
春も、修学旅行のあった夏も、そして学園祭のあった秋も、彼女は人の輪の中心にいた。
彼女の変化にユウスケが気が付いたのは、冬に入ろうとしていた、最後の席替えで隣の席になった時のことだった。
あんなにきらきらとしていたオーラが、少し淀んでいる、とユウスケは感じていた。
とはいえ、クラスカーストも最下位であるようなユウスケが、円花に話しかけることなどできなかった。
学園祭の時には、やはり友達のいないユウスケに仕事を振ってくれたのも円花だった。
「村田くん、美術で絵うまかったの見たよー!このポスター、描いてくれると嬉しいんだけど…。」
ユウスケの席まで来て依頼してきた円花の本心が哀れみだったとしても、ユウスケはその気遣いがうれしかったのを思い出していた。
ユウスケに依頼した円花が責められないよう、ユウスケは頑張ってそのポスターを仕上げたのだった。
デジタルでカラフルでポップに仕上げたそのポスターは、なかなかに人気を博して、当日も拡大コピーして入り口に張られたほどだった。
「村田くんが描いてくれたあのポスター、すごい人気だよ。ありがとう!」
後日、円花が笑いかけてくれたのもつい最近だったはずなのに、シャープペンシルを落とした時にありがとう、と言っただけでにらみつけてきた彼女はまるで別人のようだった。
あれほどの美女が彼氏を作らないなんて、と言われ続けていた円花が急に彼氏を作ったのもこのころだった。
かつて発光していた美少女は、卒業式のころには、陰のある美女、というふうな印象を受けるようになっていた。
この変化がなぜ起こったのか、ユウスケには分からなかったが、陰のある少しくらい円花の方が好きだというマニア層もいた。
卒業式の日、ひどくつまらなさそうに席に座り黒板を見つめる円花の姿を頭に思い浮かべる。
その瞳には何も映っていないようにみえた。
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