第16話 事情と打算
翌朝、すっかり元気を取り戻したさくらと食堂に現れたのは円花だった。結局何か起きてはいけないからと一晩そばにいたらしく、円花の方は少し眠たげだった。
「ご迷惑おかけして本当にごめんなさい。」
さくらはユウスケとみみにも頭を下げた。
「いやいや、元気になったなら良かった。長谷川さん、本当にありがとう。」
ユウスケは改めて円花に礼を言った。
「体調の悪い人を見殺しにするほど腐っちゃいないわ。」
円花はいつものように冷たい声で言い放ったが、昨晩の熱心に看病をする円花を思えば、やはりそれが本心からではないであろうことは明らかだった。
さくらはゼリーを食べながら、
「そういえば、今日は円花さんの番ですよね。私はもう熱も下がったし、お気になさらずにお二人でお出かけに行ってくださいね。」
と言った。
さくらが熱を出したせいですっかり忘れていた、とユウスケははっとした。
今日は、円花の番、すなわち、円花と二人で過ごさなければならないのだった。
「私、眠いから部屋で眠らせてもらうわ。」
円花はさほど興味なさげに言い放ち、その発言にユウスケは少しほっとしていた。
というのも、円花と二人でうまく過ごすことのできる自信がユウスケには一切なかった。
「そ、そうだよね。疲れたよね。」
ユウスケも同意する。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、少なくとも三時間程度は交流していただく時間を設けていただけないとなりませんね。」
どこからかそれに水を差すような言葉が飛んできた。
早乙女である。昨日なんかは見かけなかったのに、タイミングの悪いところで現れる奴だ、とユウスケはため息をついた。
「公平性を保つためにも、ご協力よろしくお願いいたします。ああ、それと、村田様。」
早乙女はつかつかとユウスケの方に寄りながら話を続ける。
「桃華様が、明日月曜日にもこちらにお越しになる予定です。」
早乙女の冷たい声を聞きながら、これは脅しだ、ということはユウスケにもわかっていた。
うまいこと円花と過ごさなければ、こちらは桃華をどうすることもできるのだぞ、という意味合いがその言葉には含まれているのだ。
「…わかった。長谷川さん、嫌だとは思うけど、少し二人で時間を過ごそう。行きたい場所なんかは、君に任せるから。」
そこまで聞いていた円花は、はあ、とため息をついてからユウスケに言った。
「まあ、いいわ。私も話しておきたいことがあるから。お昼過ぎに出ましょう。」
そう言ってから円花はすぐに食堂を後にしていった。
話しておきたいこと、というのが一体何なのかユウスケには見当もつかなかった。
「あまり遠くには行くのも面倒だから、このあたりを散歩でもしましょう。」
円花はユウスケにそう言い、「ごめんなさい、少し寝るわ。」と本当に眠そうに部屋に戻っていったのだった。
「…円花さん、昨日も思ったけど、根は悪い人じゃないと思うの。」
円花の後ろ姿を見ながら、さくらは言った。
「何か事情があるのだと思うの。きっと聞き出せるのは、ユウスケくんだけだわ。円花さんも、事情が話せれば少しは気が楽になるんじゃないかしら。」
心配そうな顔をしてさくらが言う。
ユウスケは、さくらの言葉にこくりと頷いたのだった。
ユウスケにも、桃華という弱みがあった。円花にも、そのような、あるいはそれ以上の弱みや事情があるに違いない、とユウスケは感じていた。
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