第15話 いざというときに頼りになる女の子
「私のことは気にしないで…。」
さくらは苦しそうにそういうが、目もうつろである。呼吸は浅く呼吸数も増えており、顔はほてっていた。
「いつから熱が出たの?関節は痛む?」
円花はさくらの枕元に顔を寄せ、目線の高さを同じにしてからそう尋ねた。
「昼過ぎから少しだるくて…。夕食の後から熱が出たみたい…。喉が少し痛いけど、関節は痛くないわ…。」
うんうん、と頷きながら円花はさくらの途切れ途切れの言葉に耳を傾けていた。
「少し待ってて。村田とみみちゃんは熱を測ってあげてて。」
円花はそう言うと急いで部屋の外へ出ていった。
てきぱきと動く円花に、ユウスケは混乱していた。とりあえずは指示に従って体温を測ることにする。
「さくらさん、少しごめんね、体温を測らせて…。」
熱っぽいさくらの腕を少し上げ、腋に体温計を滑り込ませた。ふわふわとした触り心地が、掌へと伝わってきてくすぐったい。
「うう…。」
さくらはなおも苦しそうにしていた。
ピピ、という音が鳴って取り出した体温計には、三十八度という数字が表示されており、ユウスケはますます心配になる。
バタンという音を立てて円花が戻ってきていた。マスクをつけゴム手袋をつけ、スマホと木製のアイス用の長めのスプーンを持ったまどかは、なぜだか上着も手にしていた。円花の私物か、もこもこのピンクの羽織りだ。
「ちょっと離れてて。」
円花はユウスケから受け取った体温計の数字を見ると、ユウスケとみみに下がるように言った。
「ごめんね、少しお口の中見せてね。」
円花はスプーンを袋から取り出すと、さくらの口を開かせた。スマホのライトで照らしながら熱心に口の中を見る。
なるほどね、と小さくつぶやいた円花はさくらにこう聞いた。
「昔からこういう感じで熱が出ることがよくある?」
さくらはこくりと頷いた。
「…おそらく扁桃腺炎だわ。引っ越しもあったし、疲れがたまっていたから免疫力が下がっていたんでしょう。」
円花は持っていた上着をさくらに着せた。
「暖かくして、いっぱい汗をかいて体温を下げましょう。明日になってもきつかったら、病院まで行くの付き合うわ。」
さくらを見つめる円花の目は優しく、また、本当に心配しているような様子がありありと伝わってきた。
「ポカリスエットとアクエリアスはどっちが好き?朝はゼリーなら食べれそう?」
「ポカリが好きです…。ゼリーくらいなら喉を通りそう。ほんとうに、ありがとう…。」
さくらはそこまで言って安心したのか、ふっと眠ってしまった。
「聞いてたでしょ?ポカリとゼリーを取り急ぎ買って来なさいよ。」
ユウスケに対する態度は相変わらずの円花だったが、ユウスケはなぜだか悪い気がしていないのだった。
ポカリとゼリーをコンビニまで走って買いに行ってきたユウスケが、息を切らせて戻ってくると、円花がタオルでさくらの顔を拭いていた。
「こ、これ…。」
ユウスケはポカリスエットが四本、ゼリーカップ二つ、パックタイプ二つが入ったビニール袋を円花に手渡した。
「何これ。買いすぎでしょ。」
ぷっ、と円花は吹き出した。
円花のナチュラルな笑顔を見れたのはずいぶん久しぶりであるような気がして、ユウスケはなんだかあたたかい気持ちになった。
「さくらさん、どう?」
ユウスケはさくらをのぞき込みながら言った。
「いま、冷たい水を絞ったタオルで顔とかからだとかを軽くふいたところ。だいぶ、落ち着いたわ。」
「よかった…。」
さくらの顔も、先ほどより少し楽そうだった。
「長谷川さん、すごいな。かっこよかった。俺には絶対無理だったし…。ありがとう。」
ユウスケは円花に礼を言った。
本心だった。病人のために素早く動く円花はかっこよく、人として素晴らしい、とユウスケは思ったのだった。
「母が看護師なの。妹が熱出やすかったから。それと同じように対処しただけよ。インフルエンザとかじゃなくてよかった。」
ふう、と円花も一息つく。彼女自身も張りつめた精神状態であったようだった。
「いちおう私一晩ついておくわ。寝ていいわよ。」
円花はユウスケの方を振り返らずそう言った。
「じゃあ、頼もうかな…。」
ユウスケはそう言い、あっ、と思い出してもう一つの袋を円花に手渡した。
「これ、長谷川さんよかったら。」
ガトーショコラとカフェオレだった。隣の席だったころに、円花が好きだと言っていたのを偶然覚えていたユウスケは、お礼のつもりでポカリなどと一緒に購入したのだった。
「…。」
円花は何も言わずそれを受け取った。
ユウスケが部屋に出るときに、小さくありがとう、と聞こえたのは聞き間違えではないと信じることにした。
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