第12話 天才子役の苦悩
ごめんなさい、少し疲れちゃったし今日は十分楽しめたから、と言って夜は早々に自分の部屋へと帰ってしまったさくらを、ユウスケはほっとするやら残念やらの少し複雑な気持ちで見送った。
あるいはそれは、さくらの気遣いかもしれなかった。女性慣れしていないユウスケにはまだ一緒に泊まるというのは時期尚早だと判断したのであろう。
ゆっくり見てくれると嬉しい、というさくらの言葉をユウスケは思い出し、すこし顔がにやけてしまう。スローペースでいい、と言ってくれたのはユウスケには好都合だった。
女子たちの気持ちを尊重していきたいとは考えているものの、ユウスケにとってさくらが一歩リードしているのは純然たる事実だった。ただし、円花の涙の意味などはいまだに気になるところではあるのだが…。
小腹がすいたな…。
ユウスケは目の前のオンラインゲームをいったん中断した。デートからの帰宅時間が微妙なタイミングになりそうだったので、今日の夕食はいらない、と食堂の料理人・酒井さんに連絡を入れていた。
しかし、夜が更けていくにつけ、腹がどんどん減っていた。
…コンビニでも行くか…。
ゲーミングチェアから腰を上げる。一番近いコンビニは、徒歩で十分弱の場所にあった。時計はもう間もなく十二時を回るところだ。
階段を下りていると、なにやら玄関の方が騒がしいことにユウスケは気が付いた。
「いい?明日はオフだけど、きちんと台本の読み込みするのよ。明後日は朝五時からなんだからね。失敗は許されないわよ。」
なにやら高い声でキーキーとしゃべりかける声が聞こえる。
「はい、ママ。」
「何よその返事。わかってるの?今日だって朝ママが車の中で確認してあげなかったらあなたきちんと最後まで演じ切れていたのやら…。」
まくしたてる女の声はどんどんヒートアップしていく。
どうやら、玄関の人影はみみとその母親であるようだった。すこしうんざりしながらユウスケは二人の元へと寄っていく。
「あの、すみません、声が二階まで響いているみたいなので…。」
遠慮がちにユウスケは二人に声をかける。
「あら、あなた…。私は、ここで過ごすことも許可したわけじゃないのですけれどね。」
吐き捨てるように言う母親に、みみが焦って声をかける。
「なかなかできない経験だし、お芝居にも活かせるかなと思ったのはみみだから!ユウスケさんは悪くないんだよ。」
悲痛なみみの叫びに、ユウスケは情けなさを感じた。この小さい子に、俺は何を言わせているんだ、という気持ちになる。
「すみません、とにかく夜も遅いですし、気を付けて帰られた方がいいですよ。」
ユウスケの言葉に母親はため息をつく。
「とにかく、私はお芝居に影響が出なければいいの。みみ、やるべきことはやりなさいよ。」
吐き捨てるように言い、バンに乗り込んであっという間に母親は帰ってしまった。
残されたみみをちらりと見る。普段の明るさは影を潜め、しょんぼりとしたみみにユウスケは慌てて声をかけた。
「俺、今からコンビニに行くところなんだけど、みみちゃんもどう?アイスでも奢るよ。」
みみは力なく、うん、と言った。
「みみのママ、熱心でごめんね。びっくりしたでしょ。」
夜道を歩きながら、みみはユウスケに謝った。
「三歳くらいからずっとなの。せっかく友達が学校でできても、みみのお芝居の邪魔になるから遊んじゃダメだって。」
「そうだったんだ…。」
たしかに、まだ小学三年生のみみをこの時間まで仕事やレッスンをさせているらしいというも異様にすら感じられる。友達と遊ぶなとも言いそうな勢いだ。
「うん。だからみみ、友達いないんだ。」
悲しげに言うみみに、かける言葉が見つからなかった。
「あの、アイス!何でも好きなの選んでいいから!」
なけなしの小遣いがいくら残っていたか計算しながら、ユウスケは言った。
「やったあ!ハーゲンダッツがいい!」
今日一番の明るいみみの声を、ユウスケは複雑な気持ちで聞いていた。
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