第11話 人生初のデート

 海沿いのその街は、石畳の道が続いており、左右を見るとおしゃれなカフェや雑貨屋が並んでいた。普段は絶対に縁がないであろうその雰囲気にユウスケはすっかり圧倒されてしまっていた。

 そのおしゃれな街並みにまるで絵画のように溶け込んでいるさくらが隣にいることが、いまだに夢のようにも感じられていた。

 「わあ、このタペストリー、とってもかわいい!」

 さくらが手に取ってはしゃいでいるのは、花柄の刺繍が施されたタペストリーだった。

 お嬢様なのだからほしいものはすべて買ってしまうのかと思いきや、さくらはかわいい、と連呼してもよく悩み、最終的には買わない、を先ほどから繰り返していた。

 とはいえ、女子とのショッピングという慣れないシチュエーションにそわそわしていたユウスケを置いてけぼりにせず、しっかりと話しかけ、一緒に選ぼうとしてくれているあたりはさすがだった。

 「うーん、でも食堂の真っ白な感じには少し似合わないかな。ロビーに置くにしても、少し浮いてしまいそうだし…。ユウスケさん、どうかな?」

 真剣に悩むさくらをほほえましく思いながら、ユウスケはふと、そのタペストリーの隣に置いてあった貯金箱に目が行ってしまった。

 「あ、さくらさん、桜色。」

 ユウスケが指さしたのは、薄い桜色のブタの貯金箱だった。シンプルな陶器の貯金箱だが、薄い桜色が綺麗だ。

 「ほんとだ。あ、ひどい、ユウスケさんたら、私がブタだと言いたいのー?」

 ぷくっと頬を膨らませてわざとらしくさくらは怒った。

 「違うよ、この色綺麗だなって。ピンクより少し薄い、でも白よりも色付いてて綺麗だけどかわいい。」

 ユウスケの言葉に、さくらは俯いた。それを見て、ユウスケはしまった、と焦る。

 知り合って間もない冴えない男に色の話とはいえ自分の名前を綺麗でかわいいだなんて、気持ち悪いと思ったに違いない。

 「あ、ごめんね…。」

 ユウスケは消え入りそうな声で言った。陰キャが調子に乗るもんじゃないんだ、と先ほどまでの楽しかった気持ちが足元からガラガラと崩れ去っていきそうだった。

 「もう、違うよ。」

 さくらも小さな声で答える。しかしその声には、侮蔑のような色が含まれていないことにユウスケは気付き、さくらの方をぱっと見つめる。

 「うれしかったの!もう、私このブタさん買ってきちゃう!」

 顔をこちらに向けていないさくらの、耳は赤く染まっていた。レジに向かうさくらの後姿、その揺れるポニーテールをユウスケは見送った。


 「結局、ユウスケさんはそれだけでよかったの?」

 ユウスケが購入した残りの二人へのお土産用のクッキーの袋を見ながらさくらが問いかけた。

 「そういうさくらさんだって、ブタだけ。」

 ユウスケは笑った。

 「だってあれ以外、ピンとくるものもなかったし。」

 さくらはそう言ってミルクティーを飲んだ。雑貨店巡りでくたくたになった二人は、小さな喫茶店で休憩をすることにしたのだ。

 「そう、さくらさん、ってやめてよ。あと、中途半端な敬語も。」

 さくらは思い出したように言った。ユウスケは中途半端な敬語、と指摘されて笑ってしまう。確かに、年上だからという遠慮と、さくらに対する親近感から、とても微妙な言葉遣いになってしまっていたのだった。

 「じゃあ何て呼べばいいんですか?」

 そう答えて、また敬語になってしまっていたことに気づき、また笑ってしまう。

 「もう、また敬語!さくらでいいから。」

 「じゃあ、俺だってユウスケでいい。」

 です、と言ってしまいそうになった口を慌てて抑える。

 そんなユウスケをさくらはふふ、と微笑みながら見ていた。

 まだ出会って数日だというのに、さくらの前ではユウスケは緊張することなく楽しく話せていた。

 大人っぽく頼りになるが、たまに見せる子供っぽさが絶妙なバランスな、不思議な女性だとユウスケは感じていた。

 ユウスケの頼んだホットコーヒーはもうすでにカップの底が見えており、さくらの前にあるミルクティーもあと少しで飲み干してしまうところだった。

 これを食べきってから帰ろう、と話していただけに、残り少ないミルクティーを見ながら、名残惜しい気持ちになる。

 「もうデートも終わりだね。」

 そんなユウスケの気持ちを感じ取ったかのようにさくらが言った。

 デート、という言葉にユウスケはびっくりしてしまう。そうか、これがデートだったのか、人生初の。狐につままれたような気持ちだ。

 しかし、ユウスケには、確かめておかなければならないことがあった。

 今日確かめなければならないと思っていた、選別の話である。

 「あの、さくらさん。選別のことなんだけど…。」

 円花はもちろんだが、さくらやみみにも、気持ちのない結婚を強いることはできないとユウスケは考えていた。そのためには、きちんと気持ちを確認しなければならない。

 「嫌だったら、はっきり言ってほしいんだ。人数比的に、俺が選ぶ立場のようになってしまっているけれど、結婚は同意のもとするべきだと思うし、さくらさんももちろん選ぶ立場だから。」

 さくらは真剣な表情でユウスケの話を聞いていた。

 「ユウスケくん。」

 さくらが呼びかける。

 ユウスケさん、からユウスケくん、に変わったことが、今日一日さくらとの距離が縮まったことを如実に表していた。

 「そういうふうに、人を思いやれるユウスケくんに私は今、選別と関係なしに惹かれてるよ。これからまだ長いからすぐには答えの出るような話じゃないけれど。」

 さくらは丁寧に言葉を選びながら話しているようだった。

 「だから、ユウスケくんも私のこと、ゆっくり見てくれると嬉しいな。これはただの直感だけど、初めてみたときから、きっとうまくいくような気がしているから。」

 さくらが言い終わって最後に見せた華やかな笑顔は今までで一番綺麗で、そしてかわいく見えた。


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