第10話 ドキドキドライブ
翌日の朝、顔を洗い食堂へ降りると、食堂には甘いにおいがたちこめていた。
「あっ、ユウスケさんおはようございます!今日の朝ごはん、フレンチトーストですよ!」
さくらが明るく挨拶をしてくれる。昨日ユウスケがメッセージを返さなかったことに対して責めるような雰囲気は一切感じられず、ユウスケはさくらの大人な対応に感謝した。
「昨日は、すみません。俺、メッセージとか、昔罰ゲームの対象にされてから女の人とやりとりするの苦手で…。」
ユウスケが謝ると、さくらは驚いたような顔をした。その顔を見て、自分の罪悪感を軽くするためにいきなり重めの過去をぶちこんで話したことをユウスケはいくらか後悔する。
「あら、そういう事情があったのね。私こそごめんなさい、強引に連絡先を聞いてしまって。でも、私もそんなに頻繁にやり取りする方ではないから、返事が来なかったことなんて今言われるまで意識もしていなかったわ。」
いたずらっぽくさくらは笑った。
その笑顔に、ユウスケはいくらか救われた気持ちになる。ユウスケの過去を笑うでも同情するでもなく、包み込んでくれるかのようなさくらの雰囲気に、やはり言って正解だったのだとユウスケは先ほどまでの後悔の念を打ち消した。
「そういえば、みみと長谷川さんは…?」
遠慮がちにユウスケが聞くと、ああ、と合点したようにさくらは言った。
「ユウスケさん、お寝坊なんだもの。もうお二人とも朝食を食べられて、みみさんは撮影があるらしくお出かけに行かれて、円花さんも用事があると言ってお出かけになられたわ。」
円花が朝食をきちんと食べたらしいことにユウスケは安堵した。
「さて、早くフレンチトーストを食べていただこうかしら。私、早くお出かけしたいわ。」
さくらに急かされ、ユウスケは焼きたてのフレンチトーストをもったいない、と思いながらも急いでかきこんだ。
車庫に車を入れてあるの、少し待っててね、とさくらに言われ、ユウスケは玄関前で待機していた。玄関前の噴水を始めてみたのは昨日のちょうど今と同じころだったが、すっかり昔のような気持がしていた。
昨日は落ち着いてあまり見ていなかったが、この館は丹念に整えられた花や木で囲まれており、春先の今の時期は、特に綺麗に花が咲き誇っている。
なかでもオレンジ色の薔薇は美しくユウスケの目を引いたために、柄にもなく見惚れてしまう。
ププッ、というクラクション音がして、さくらがユウスケを迎えに来てくれたことが分かった。
クリーム色のフィアットは、優雅なさくらの印象に良く似合っていた。
「お待たせしてごめんなさい。」
そう謝ったさくらからほのかに薔薇のような匂いがした。香水か何かだろうか、すぐ近くからかおるいい匂いにユウスケはどきどきする。
「いや、こちらこそ。運転を買って出てくれてありがとうございます。車を運転できるなんて、かっこいいな。」
「ふふ、年上ですもの。あら、ラナンキュラスがきれいね。」
先ほどユウスケが見惚れていた薔薇を見やってさくらは言った。
「あれ、薔薇じゃないんですか。」
ユウスケが驚いて聞くと、
「よく似ているけれど、違う花なのよ。葉のかたちが少し違うの。でも、どちらも綺麗だわ。」
博識なさくらにユウスケは尊敬の念を抱く。
さくらの運転は危うげもなく、とてもスムーズだった。お嬢様のショッピングと言うととても高額な店ばかり回るのではないかとユウスケはひやひやしていたが、
「新生活でなかなか可愛い雑貨とかないでしょう。あのおうち、広いけれど親しみがなくてなんだかさみしくって。だから、そういうのを買いにいかない?」
というさくらの提案に、ユウスケは喜んで乗った。確かに、自分で選んだものがあれば、落ち着きも出てくるかもしれない、と納得もしていた。
さくらがあらかじめ調べてくれていたという、雑貨やカフェの立ち並ぶ街に着くまでの間、二人はいろいろな話をした。
ただのお嬢様だと思っていたさくらが薬学部の実験で失敗をして研究室の備品を壊してしまった話や、実家で飼っている犬に引っ張られて田んぼに落っこちてしまった話はギャップがありユウスケはかなり笑ってしまった。
趣味を尋ねられ、思い切って音ゲーの話をしたユウスケのことを、さくらは笑わずに感心して聞いてくれていた。
そうこうして楽しく話しているうちに、車は、目的地までたどり着いたのだった。
ユウスケは、目的地がもっと遠ければよかったのにとさえ考えてしまっていた。
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