第9話 俺が女子と連絡を取るのが苦手な理由と憂鬱
夕食に円花は現れなかった。
「私たちと同じお部屋の構造なら、きっと部屋の中に簡単なキッチンがあったから、自分で何か作って食べているんじゃないかしら。」
円花を心配するユウスケに、さくらはそう言って励ましてくれた。
「こんなにおいしいのにもったいないね。」
みみもどこかさみしそうに言う。
夕食は牛ほほ肉のビーフシチューに、野菜たっぷりのシーザーサラダ、冷製ポタージュ、フォカッチャだった。一見家庭的な料理であるように見えたそれらは、口にした瞬間プロの味だとわかる代物で、とくに舌の上で溶けていく肉は絶品だった。
何かあった時のために連絡先を交換しておきましょうというさくらの提案に乗り三人で連絡先を交換してからユウスケは部屋に戻る。相変わらずだだっ広い部屋にはなれないが、満腹になったことと、二人と話せたことで少し安心していた。
それにしても、と円花のことを思う。
あの涙は、どういう意味だったのだろうか。
ユウスケの知らない何か重大なことを円花が抱えているのを説明するには、あの涙の一滴だけで十分だった。
俺に何かできることがあればいいんだが…。
思いを巡らせてみても、何もいい案は浮かんでこなかった。代わりに、円花が涙を見せたあの瞬間が繰り返し巻き返し頭の中でリフレインしている。
だめだ、考えるのはよそう。
そう決めてユウスケが目を閉じようとしたその時に、『チロン』とスマホが音を立てた。
さくらからのメッセージを受信したのだ。
『こんばんは。今日は色んなことがあって疲れてしまいましたね。
明日は私に時間を割いてくださる予定になっていると思うのだけれど、ユウスケさんさえよければ、少し外に出て気分転換にショッピングでもどうかな、と考えています。
実は車の運転には自信があるの。だから、市街地までの運転は任せてね!
では、ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい。』
文面からすらも気品と相手への思いやりが感じられるそのメッセージを見て、ユウスケは暖かい気持ちになる。
実際、このような状況で気が狂わずになんとかやっていけるのは、さくらの気遣いや落ち着いた雰囲気のおかげもあった。
ローテーションの最初の相手がさくらでよかった、とユウスケは心底思う。
しかし、そのメッセージにどう返せばよいのか、ユウスケには皆目見当もつかない。なにしろ、女子と連絡先を交換してメッセージのやり取りを行うというイベント自体皆無に等しかったのだ。
何度か、罰ゲームでユウスケに連絡先を聞いてくる女子はいた。だいたい教室で一人でいるユウスケは、表立っていじめにあうまでではなくとも、そういった罰ゲームの対象になることはままあったのだ。
気まずそうに連絡先を聞いてくる女子の顔は、忘れることができない。
「いいよ、罰ゲームなんでしょ。」
何度かそれが繰り返されていくうちに、ユウスケはやがてそれがすぐに罰ゲームだと判別できるようになっていた。
「聞いたけどブロックしてやった、って言っといてくれたらいいから。」
毎回そう言うのは、ユウスケにとって予防線であり、自分を守るための策だった。相手を思いやってのことではなかったのが情けなく、逆に申し訳なくさえあった。
そういわれた女子たちはたいてい、その場に立ちすくんでしまうので、すぐにそこから去るまでがセットだった。
さくらがそういった女子たちとは違うであろうことはユウスケにもわかっていた。しかし、それでもユウスケには気が引けた。
どういう顔でメッセージを受け取るのか、ユウスケには想像もつかないからだ。アプリを介することによって顔が見えないことが、ユウスケを必要以上に不安にさせていた。
明日会った時に事情を話せば、さくらは分かってくれるだろう。
ユウスケはそう考え、申し訳なさを抱えながら、明日に備えて眠ることにした。
その日の夢は高校生のころの夢で、隣の席には円花が座っており、ユウスケはその美しい横顔を見つめていた。
それは、夢か現かわからぬほどリアルな質感だったのだが、ただ一つ、円花が笑顔であったことから、ユウスケはそれが夢だと確信したのだった。
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