第8話 プールと涙
説明と顔合わせを済ませたユウスケが早乙女に案内されたのは、実家のリビングよりも広いであろう部屋だった。
「こちらが村田様のお部屋になります。軽く料理のできるキッチンはついていますが、基本的に食事は食堂でとれるようシェフも常駐しておりますので。」
手短に説明を済ませると、早乙女は早々に部屋を後にした。
一貫して必要以上のかかわりを持とうとしない早乙女に対して、少し寂しいながらも、ユウスケは気楽さを感じていた。
備え付けてあるソファーに身を沈めながら、ユウスケは深く息を吐いた。
正直なところ、いろいろなことが同時に起こりすぎて整理しきれない、というのがユウスケの本音だった。このだだっ広い部屋や、ふかふかすぎるソファーも落ち着かないし、何よりも気がかりなのは円花の態度だった。
みんないきなり連れてこられて不安や戸惑いが少なからずはあるものの、円花のあのような態度はとくに本心の不安をカモフラージュするために見えてならないのだ。
高校時代の円花はもっと自信に満ち溢れており、基本的には誰にでも笑顔で優しく接していた。美少女というだけではなく、内面も皆に好かれていたのだ。なぜだかユウスケにだけはあたりが厳しかったが…。
その円花の姿を考えると、何か事情があるのではないかと疑わざるを得なかった。
ユウスケも、のこのここんなところまできてあり得ない選別条件を受け入れたのは、桃華のことがあるからだ。ユウスケがSSSランクでいる限り、桃華の身の安全はきっと保障されるはずだという打算のもとにここにいる。
とはいえ円花がユウスケにその事情を話してくれるとは考えにくい。なにしろ、ユウスケはものすごい勢いで嫌われているのだから…。
ユウスケはもう一度ため息をつくと、部屋を見回した。
一人暮らしのワンルームにしても豪華なこの部屋は、クイーンサイズのベッド、簡易的なキッチン、小さめの冷蔵庫、そしてユウスケがいますわっているソファーとガラスのローテーブル、そして大きめのテレビ、そしてデスクトップパソコンが置いてある一角で構成されている。
基本的にはブラックで統一された部屋は、悔しいがユウスケの好きなテイストの部屋だった。それでも実家の自分の部屋ほどは愛着がなく、どこか冷たさを感じる空気はあった。
そういえば館内はまだ食堂と自分の部屋しか回っていなかったな、と早乙女に渡されたマップを持ってユウスケは立ち上がった。
マップによると、三階にはユウスケの部屋とトイレ、そして風呂が、四階にはさくら、みみ、円花の部屋と女子用のトイレと風呂のスペースがあるようだった。
四階に上がるのに罪悪感のあったユウスケは、二階の食堂以外を見て回ることにした。プール、ジム、コミュニケーションスペースと書いてある。
プールもジムもきっと無縁なのだろうな、と考えながらユウスケは階段を下りた。運動は苦手ではなかったが、自分から体を動かして汗をかくタイプではない。
プールに着き、その大きさにユウスケはたじろぐ。
ここで水泳の大会でも開催する予定があるのだろうか、とユウスケは考えながらゆっくりとプールサイドを歩いた。誰もいないプールにユウスケのぺたん、ぺたんという足音が響く。
夕陽が差し込むプールの水面はキラキラと眩しく輝いており、ユウスケはすっかりくぎ付けになってしまっていた。
だから、誰かがプールに入ってきていたことに、全く気付かなかったのだ。
「ねえ。」
いきなりプールに響いてこだまする声にユウスケは驚いて入り口の方を見た。
「あ、長谷川さん…。」
そこには、円花が競泳水着姿で不機嫌そうに立っていた。
そういえば、水泳部のエースだったな、とユウスケが思い出すのにそう時間はかからなかった。学年の男子が円花を目当てにこぞってプールを覗きに行っていたのは有名な話だった。
美しい曲線のくびれにすらりと伸びた脚を見れば、覗きに行きたくなる気持ちも頷けた。地味な高校生活を送っていたユウスケは覗きに誘われるようなことすらなかったのだが。
はあ、とため息をついてから円花は口を開いた。
「邪魔なんだけど。」
はっきりと邪魔、と言い放たれたユウスケはごめん、と小さく謝りその場を去ろうとしたが、先ほどまで考えていたことを円花に言わないわけにもいかなかった。
「あのさ、俺のことが気に食わないのは分かるんだけど、残りの二人にあたるような態度はよくないよ。みんな、それぞれ事情があってここにいるはずだし。長谷川さんだって、ここにきているということは何か事情があるんだろ?」
ユウスケの言葉を、円花はうざったそうに聞き流した。
「はいはい。いいからそこ、どいてくれる?」
さらにきつい口調で円花はユウスケをにらみつけた。
引くに引けなくなったユウスケは、心臓がバクバクしながらもなんとか言い返す。
「そ、そういう言い方も良くないよ。俺でよかったら話聞くし、嫌な思いしたままこれからここで過ごしてほしくないしっ…。」
声がかすれながらもなんとか言い切る。
必死に訴えかけるユウスケに対して一瞬戸惑い、その後、円花は悲しそうな表情をして一言だけこういった。
「何にも知らないくせに。」
すぐに俯いた彼女の目元の涙が夕陽をうけてキラキラと輝いていたのを、ユウスケは声をかけることもできず見つめた。
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