第7話 自己紹介と花嫁選別ルール(俺、大丈夫か?)
長谷川円花は何も言わず、静かにさくらの座っている席から一つ開けて椅子を引き、腰を下ろした。うつむいた顔を髪の毛がさらりと覆っており、その表情はうかがえない。
「さて、全員揃われましたね。」
食堂の入り口のドアを閉めながら早乙女が入ってくる。
「まずは自己紹介でもしておきましょうか。とはいえ、村田様はお三人ともうすでに面識があるかと存じますが…。」
相変わらず表情を変えないまま、早乙女は口だけを動かして冷静に話す。
「お三方同士はまだほぼ初対面ですから。」
早乙女の言葉に、間髪を入れずに手を挙げて発言したのは、さくらだった。
「では、おそらく一番年上でしょうから、私からいいでしょうか?」
今日はダウンスタイルにしている、綺麗にカールした髪がふわりと揺れた。確かに、このメンバーの中で一番落ち着きがあり、大人らしいさくらが一番に自己紹介をするのが妥当に思われた。
「そうですね。では、湖城様からよろしくお願いいたします。」
早乙女が頷き、さくらは会釈をして話し始めた。
「湖城さくらです。普段はクラリス女子学院大学に通っていて、薬学を勉強しています。いきなり前世がSSSランクだなんて、実感は全く湧かないんだけれど、同じランクの者同士、仲良くなりたいな、と思っています。」
クラリス女子学院大学という単語にユウスケは驚いた。クラ女、と通称されるその学校は、かなり有名な私立女子大学である。授業料や高額な寄付金が必要なことで有名であり、良家のお嬢様しか通えないとささやかれている。
育ちがよさそうだ、とは思っていたものの、クラ女に通うほどとなると、かなりの資産家であろう。それでいて全く嫌味のない話し方は、確実に彼女の長所である。
「次は、年齢順で行くとあなたかしら?」
さくらは円花の方を見やった。それまで口を閉じていた円花が、ぼそぼそと話し始める。
「長谷川円花、十八歳。この春から王大法学部に進学する予定。」
それから円花はきっと顔を上げ、こう言い放った。
「私、こんなおままごとに付き合うつもりありませんから。SSSランクだとかいうから少し気になってきてみれば、こんな…。」
そこまで言ってユウスケの方をにらみつける。
「とにかく、規定の関係上、一度参加してしまった限りすぐには帰れないって言われたけど、春休みが終わるまでには戻ります。」
吐き捨てるようにそう言い、円花はまた俯いた。
やはり嫌われているようだ、とユウスケは苦々しく思う。
それにしても、ユウスケのことはもともと嫌っているにしても円花の口調は、さくらやみみまでも責めているかのようだった。
二人が傷ついていないやしないかとユウスケが二人をちらりと見ると、案の定二人とも焦りとも悲しみともつかない顔をしている。
「ま、まあ、き、強制ではないしね。ここは、ご飯もおいしいみたいだし、景色もいいからそれだけでもた、堪能したらいいんじゃ、ないかな。」
円花の気迫に押されて、ユウスケは高校生の頃のようにどもりが出てしまう。それに対しても円花はあきれたような顔をしたが、口を開くことはなかった。
「あ、みいちゃんはね、高梨みみっていうの!小学校三年生で、普段は子役のお仕事とかしてるんだよ!」
暗い雰囲気を何とかしようとみみが明るい声で言った。
ユウスケは、小学生に気を遣わせてしまって申し訳ない、という情けない気持ちでいっぱいになる。
「あ、もしかしてミモダンスのみいちゃん?!」
えーっ、と驚いた声を出したのはさくらである。
「ミモダンス?」
と首をかしげるユウスケに、さくらは興奮気味にしゃべった。
「いま、超かわいいって話題の小学生ユニットのミモミモっていう二人組が、CMでやってるダンスだよ!ものすごい話題になってて、SNSとかでも踊ってみたが流行ってるんだよ!」
みみは照れ臭そうにえへへ、と笑う。
テレビに疎いユウスケは、どうやらすごいらしいことは分かったが、いまいちぴんときてはいなかった。
ええっ、すごーい、有名人だわ!とはしゃぐさくらを早乙女の冷徹な声が遮った。
「選別について、詳しい説明をさせていただきますね。」
「あ、はい、すみません。」
はしゃいでいたさくらは少し恥ずかしそうに謝った。
「選別期間は一年間。一年間の間、平日、休日ともに三人にローテーションで村田様と過ごしていただくことになります。今週のスケジュールといたしましては、今日が金曜日ですから、明日から湖城様、高梨様、長谷川様というふうに一日ずつ村田様と二人きりでお過ごしいただくことになります。」
えっ、と驚きの声を出したいのをユウスケは必死にこらえた。女子と二人きりで過ごすなんて無理に決まってる…という不安も襲い掛かってくる。
「具体的には、土曜日朝から日曜日の夜明けまでが湖城様のお時間となります。土曜日の夜は、村田様のお部屋で二人で泊っていただくこととなっています。残りのお二人についても同じようにさせていただきます。」
そこまで言い、早乙女は手元の紙から視線を上にあげた。
は?二人きりで泊る?日替わりで毎日違う女子の相手?ユウスケの頭の中は混乱を極めていた。
「何かご質問等ございますでしょうか?」
「質問しかないんですが…。」
ユウスケの言葉に早乙女はもっともだ、というふうに頷く。
「まずは一カ月この生活を続けてみて、こちらとしても微調整を行っていきたいと考えておりますので。」
それでもそんな…と反論しようとユウスケが口を開くより先に、華やかな声がぱっと耳に届いた。
「土曜日朝からって、夜明けからもうスタートってことでいいんですよね?」
真剣な表情をしたさくらが早乙女に問いかける。
「かまいません。」
早乙女の返答に満足したようにさくらはにっこりと笑った。
「じゃあ、明日からよろしくね!」
「みみも!」
二人の笑顔にユウスケは混乱しながらも、ほほ笑むしかなかった。奥では円花が不満げな表情を見せ、
「話が終わったなら私はここで。部屋に戻るので。」
といって席を立った。
いったい俺、これからどうなっちゃうんだよ…。ユウスケの心の叫びは、しかし、誰にも届きようがなかった。
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