第3話 前世階級Sランクパーティでの出会い
土曜日になるまで部屋の引き出しに隠していたはがきを最後にリュックにつめ、ユウスケは家を出た。
地方ではまだ通知のきていない地域もあるらしく、両親に「地方みたいに、通知が遅れているんじゃない?」などと適当な嘘でごまかすのはなかなかに苦しかったが、なんとか土曜日まで持ちこたえたのだった。
桃華はというと、やはり毎日不機嫌で、ユウスケとは目も合わせないほどだった。
友人と遊びに行くらしく、家を出るタイミングが一緒だったが、ユウスケをおいてすたすたと先に行ってしまい、ユウスケは桃華の短いスカートから伸びる脚がせかせかと動くのを見送るほかなかった。
電車を乗り継いで一時間弱かかる帝王ホテルに行くまでに、ユウスケはシュミレーションをしていた。
はがきは持参していたから、その場で間違いがないか調べてもらうことは可能なはずだ、とユウスケは踏んでいた。Sランクが集まるパーティーなのだ、もちろん政府関係者もいるであろうことが予想される。受付もあるだろう。
もし、このパーティーが偽物だった時のためにユウスケは台所からくすねた果物ナイフを内ポケットに忍ばせていた。
なにしろ差出人も何もないような封書だったから、ユウスケがSランクであることを、はがきを盗み見て知った誰かが危害を加えようとしている可能性もあった。用心しすぎるということはないだろう。
家を出るときには、「友達に勧められた予備校の見学に行く」と嘘をついた。その裏付けのため、前日に取り寄せておいた予備校のパンフレットもリュックには入っていた。よし、これで完璧だ。
受験を失敗したユウスケに、父は嫌悪感を示す表情を全面に出したが、「まあ、お前も、前世階級が上だといいな。そしたら大学受験失敗もチャラなんじゃないか。」という慰めをくれた。
それにしても、桃華とのランクの取り違えが正しければ、ユウスケはFランクということになる。大学受験を失敗した上にFランクだなんて、きっと目も当てられない人生になるんだろうな…、と想像してからユウスケは憂鬱な気分になった。
『ほんと、村田きもいよ。』
長谷川さんの顔をまた思い出す。ユウスケがFランクだということを知れば、きっと彼女の美しい顔はもっと歪むのだろう。卒業した今となっては、彼女と会うことももうないだろうが。
雑多なことを考えているうちに電車は目的の駅へと到着した。駅を降りると、ひときわ大きい建物が目を引く。かなり高くまであるそのビルは、全体的に黒っぽく塗装されており、入り口は下品にならない程度のアクセントに金色で縁取られている。
これが帝王ホテル…ストリートビューで確認してきたとはいえ、馬鹿でかいな…とユウスケはやや圧倒される。入り口には、いかつい男が二人構えており、これから入るのがはばかられてしまう。
足が止まっているユウスケに声をかけてきたのは、見覚えのない女性だった。
「あの、もしかしてあなたもSランクの方ですか…?」
首を傾けた彼女のワンピースのすそがふわりと風になびいた。大きくV字に開かれた胸元を見てはいけないような気がして、ユウスケは思わず目を逸らしながら答える。
「あ、はい。もしかして、あなたも?」
「はい。ホテル、少し入りにくくて…。よかったら、一緒に入りませんか?」
ローズ色のふんわりとしたワンピースを身にまとった彼女は、長めの茶色い髪を低い位置で一つに束ね、小ぶりの金属のピアスを耳につけている。
「私、湖城さくらと言います。」
「俺は、村田ユウスケです…。」
「ユウスケさんね。緊張するけど、一緒に行きましょう。」
彼女はそう言うとユウスケの腕を引っ張り、歩き始めた。見たところ、ユウスケよりはいくつか年上のように見えた。
こげ茶でまっすぐな瞳からはどこか知性があるように見え、ぷっくりとした肉厚な唇には、薄くピンク色のリップが塗られている。
こんなに美人で、なおかつSランクだなんて、勝ち組人生だろうな…とユウスケはやや自虐的な気持ちになる。俺なんて、こんなナリで、おそらくはFランクなのに、と。
さくらに連れられて何とかホテルに入ると、入り口に立っていたスーツのいかつい男が、
「どういったご用件で?」
と声をかけてくる。
ホテルのロビーは広く、まさに豪華絢爛という言葉が似合う様相である。床は一面大理石が見事に磨き上げられており、天井からは見たこともないくらい大きなシャンデリアが釣り下がっている。大きな窓からは昼過ぎの太陽の光が差し込んでいた。
この光景に面食らって硬直してしまったユウスケに代わり、さくらが
「前世階級の通知を受け取りに。」
と笑顔で答える。あれだけシミュレーションしてきたのに、とユウスケは情けない気持ちになった。
「二十二階までお越しいただいて、受付をされてください。」
スーツの男はにこりともせずにそう言い、
「はがきは持参いただいていますか?」
と重ねて聞いた。
いかにも高そうな革の小さなバッグからさくらははがきを出し、スーツの男に見せる。慌ててユウスケもリュックの中からはがきを取り出した。
「確かに。」
とスーツの男はうなずき、ユウスケとさくらさんにはがきを返す。
ユウスケは、あの、俺、人違いかもしれなくて…という言葉が喉から出そうになるのに、黒服にエレベーターに乗るよう促されてしまい、言う機会を逃してしまっていた。
エレベーターは以前病院に見舞いに行った時と同じくらいの広さである。ここも床は大理石、入ってすぐ正面にある大きな鏡は金色で縁取られている。
「何人くらいいるのかな、楽しみだね。」
さくらが笑顔を向けたが、ユウスケには笑顔で返す余裕はなかった。
「あ、うん。」
気のない返事をしながら、ユウスケはエレベーターが二十二階に止まるのを待つ。
受付で、僕じゃないんです、ってきちんと言わなきゃ…。という焦りだけが、ユウスケの心の中で大きくなっていた。
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