第2話 前世階級通知~妹と俺の通知、逆じゃない?~

 前世階級通知は、家庭につき一枚ずつ配布されるというのが前日の会見での触れ込みだったのだが、家庭用の一枚と、それとは別に黒い封筒のようなものが投函されていたのは、翌日の朝のことだった。

 幸い、食卓でも話題は前世階級のことでもちきりで、ユウスケは大学受験の話が出やしないかと気をもむ必要はなかった。

 「まあ、うちはみんな平凡な階級なんじゃないか?もし、うちからSランクなんて出たらびっくりだけどな。」

 市役所で働く父は、禿げあがった額を撫でながらそう言っていた。ユウスケも返事はしないものの心の中で頷き、母も「そうねえ。」とだけ言った。

 最近反抗期らしく父の言うことを必ず無視する妹の桃華はやはり無言のままだった。

 そんな話を前日にしていたばかりだったし、『前世階級通知』と書かれたはがきの裏面をぺろりと剥ぐまでは、とくに何の意識もしていなかったのだった。

 はがきを確認したのも、平日の昼間には浪人生であるユウスケしか家におらず、たまたま一番にポストの中から見つけたからにすぎなかった。

 はがきを剥ぐと、父の名前、母の名前、そしてユウスケの名前、最後に桃華の名前が並んでおり、隣に記されたアルファベットが、どうやら前世に基づく階級であるようだった。

 「は?」

 ユウスケは思わず声をあげてしまっていた。というのも、D、C、S、Fというアルファベットの並びが目に入ったからだ。

 父はD、母はC、ユウスケがS、桃華がFということだ。

 ユウスケはその並びをまじまじと見つめると、桃華と自分の階級は逆なのではないかという疑問を持った。

 妹の桃華は、平凡な父と母の血を本当に継いでいるのか疑いたくなるくらいの美少女なのである。

さらさらとした黒髪を肩の長さまで伸ばし、白い肌は陶器のような艶があった。瞳は大きくきらきらとしており、鼻はつんと上を向いている。伏し目がちにした時のまつげは長く、「お兄ちゃん」という声は鈴のような音である(ここ数年は呼ばれたこともないが)。

 極めつけに頭までよく、ユウスケが通っていた高校よりも2ランクは上の高校へと通っている。

 そんな桃華の前世階級がFなんてことがあるだろうか…。

 ユウスケは、自分の階級がSランクだったことを忘れ、すっかり桃華の心配ばかりしていた。前世階級による身分制度、つまり、桃華はこれから最低レベルの生活を強いられることになるかもしれない…。そのことが、心配でならなかった。

 ユウスケはふと、はがきと一緒に投函されていた黒い封筒へ目をやった。

 黒く細長い長方形をしたその封筒には、差出人はおろか、この家の住所すら記されていない。つまり、この封筒は直接投函された、ということになる。

 恐る恐る封筒をはさみで切り、中を開けると、

 『前世階級通知S以上の国民様』

 と最初に銘打たれた手紙のような一枚の紙が入っていた。紙は触っただけで分かるような、かなり上質な和紙のような触り心地で、ユウスケは、中身よりもこの紙をずっと触っていたい気持ちにかられるほどだった。

 とりあえず中身を読んでみることにしたユウスケは紙を広げた。そこには、

 『前世階級通知S以上の国民様

 拝啓

 初春の候、皆さまがたにおかれましては、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。

 さて、本日通知させていただきました、前世階級についてですが、S階級のうちに、S、SS、SSSがございます。

こちらにいては、各階級かなり人数が少なくなっており、階級による個人の特定が容易なため、はがきでの通知をいたしておりません。

つきましては、直接階級をお知らせするため、土曜日の十三時より、帝王ホテルにて、階級通知およびS階級の皆さんをご招待させていただいてのパーティーを開催する運びとなりました。

ご多忙の中、大変申し訳ありませんが、ご出席いただきますよう、よろしくお願いいたします。


敬具 』

 と達筆な筆文字で書かれていた。

 ユウスケは何かの罠か、とスマホで検索をかけるが、やはりS階級にそのような封書が届いたという報告はどこにもあがっていない。

 しかし、はがきの方はSNSにあげている人もかなりおり、アップされている写真の中でも、ユウスケが見た範囲の中では上の方の階級はBどまりである。

 これは、S階級に向けられた封書がいたずらとも本物ともいえないということを指していた。

 よし、とユウスケは腹を決めた。

 本物かどうかなんてわからないが、行くしかない。

 ユウスケの頭の中では、幼いころの桃華が手を振っている映像が流れていた。小さい頃は怖がりでどこに行くにもユウスケの後ろをついて回っていた桃華を、見捨てることはできなかった。

 手をつないで歩いたプールの帰りを思い出す。

 塩素の匂いが頭からふんわりと香り、繋いだ手は二人ともびっしょりと汗をかいているのに、桃華はご機嫌で手を放そうとはしなかった。

 桃華の笑顔は眩しく、ユウスケは、妹のこの笑顔を守ってやらねばと心に決めたのだった。

 Sランクパーティとやらに行けば、きっとユウスケと桃華のランクの取り違えも明らかになるはずだ。早く、桃華を安心させてやらねば。

 すっかり兄としての使命感にかられたユウスケは、スマホですぐに帝王ホテルの場所を調べ、土曜日に向けて準備をすることに決めた。

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