ウスケ絶対絶命

(前回のあらすじ)

 押し寄せるムスタフ軍。王宮の地下シェルターへ通じる道にコウヤと第三隊が立ち塞がる。コウヤの戦闘力で戦況は逆転するが、引き出されてきたのはウスケだった。


◇◇


「コイツは知ってるな?」

 と突き出された人影は、ウスケの野郎だった。

 首と腕を後ろ手に縛られて、小太りな体をよろめかせている。


「ぬぅん、ぬぅぅんっ。ぶ、無礼であろっ?! であろうがっ?! あろうがっ」

 と例の甲高い声で喚き立てると、俺に目を止めガクガクと首を上下にゆすった。


「貴様っ、勇者コウヤであろ? であろうが?! コヤツらに解放するよう言えっ。コヤツら……」


 とさらに喚き立てようとしたとき、ムスタフの剣が鞘走さやばしり軽く頬を切り裂いた。


「ひぎぃ」

 と悲鳴を上げてへたり込む。


「やかましいのぉ――おう、これはすまなんだ。大事な人質殿であったの」

 チンッとさやに収めると顎をしゃくる。


 衛生兵らしき黒いローブの男が駆け寄り、止血をしている。

 こちらに向き直ったムスタフは、鬼の面のようなフェイスガードを引き上げ、こちらに八重歯やえばき出した。


「久しぶりだな勇者殿。そちらの王に用がある。お取次ぎを願おうか」

 笑っていたのかよ。

 八重歯やえばが牙みたいでちょっと怖かったよ。


「何のようだ? ずいぶん物騒な陳情じゃねぇか」


「陳情? 貸していたものを返してもらいにしにきただけだが?」


 フッと笑うんだが、冷酷な眼差しで俺を射抜くように見ている。

 刃物を目の前に突きつけられている心地だよ。

 これが生き死にを潜り抜けて生き抜いてきたヤツの眼差まなざしってワケかい?


「ちょっと待て。貸したものってなんだ?」

 ただの時間稼ぎだ。

 サユキ陛下を脱出させる時間を稼ぎたかった。

 対してムスタフ将軍は余裕の笑顔でこちらを見返している。


「この御仁ごじんと国土の三分の一と引き換えに、ゴシマカス神国が正統なゴシマカス王国と認めると約束した。これがその時の条約書だ――違うのかね?」


 懐からなにやら証文らしきものを取り出しこちらへ見せる。

 そんな空手形が役にたつもんか。

『ゴシマカス神国の独立を認める』と発表したばかりだ。


「悪いがソイツはゴシマカス神国が勝手に発行したもんだ。後は神国そっちと交渉してくれ」


 とウスケへ顎をしゃくると、ムスタフが牙のような八重歯やえばき出しにした。

 微笑んでいる――らしい。


 すっかり大人しくなっていたウスケの野郎が、突如声を上げた。


「サユキ上皇に申せっ、どんな形になろうともこのウスケがこの国を立て直すゆえに、早々に交渉を――ヘブシッ!?」

 目にも止まらぬ平手打ちが彼を襲う。

 せっかく治療した頬の傷が開いてダラダラと血が流れ始めた。


「ヒギィ……。ちんを、ちんを殴りよったな? もはや……ハブシッ?!」

 またも平手が飛んだ。

 ムスタフが平手をハンカチで拭っている。


 まるで石ころを見るような無機質な目で一瞥いちべつすると、俺に向き直った。ウスケの野郎はボロボロ涙をこぼしながら、その場にうずくまっている。


「後付けの屁理屈は結構だよ。国王が変わろうと条約は有効だ。譲渡のサインをもらおうか? 五分待ってやる。それを過ぎるごとに指を一本ずつ削いで行く」


 ツィと顎をしゃくると、手慣れた感じの赤い鎧の魔人がギャァギャァ泣き喚くウスケの左手首をとらえて石畳の上に固定した。


 チラリと見た俺の視線に、気づいた軍団の伝令が走っていく。

「待て――。今、伝令を走らせたところだ。ソイツにも危害を加えるな」


 そう言いながら、心の中では首も切っちゃえば良いのに――とか思っていたりして。

 

 コイツには何度も殺されかけた。

 俺だけじゃない、コウもナナミにも怖い思いをさせた。


 幾千の人が死に、そうでなくても死ぬほどひでぇ目にあってるときに、銭勘定ばかりしていやがった。

 そのくせ自分の命がかかると泣き喚くってか?


 見殺しにしないのは、ひとえにサユキ国王の心中をおもんばかってだ。


「待たせたかな?」


 そんな声を聞いて飛び上がった。

 振り返るとサユキ国王がオキナと近衛兵を引き連れ歩いてくる。

 表情は固く引き締まり、鋭い眼光はムスタフ将軍を捉えていた。


「陛下――(なにやってるんですか?)」

 後半の部分は口パクになってしまう。


「(早く逃げてって)」

 口パクで告げながらオキナへ「(なんで脱出させないんだよっ、交渉なんて嘘に決まってるだろがっ?!)」


 口パクとジェスチャーで抗議する。

 オキナは硬い表情ながらも、軽く口角を上げて俺を目で制し陛下をかばうように進み出る。


「宰相のオキナ・ザ・ハンです。実務を担当しておりますので交渉は私が」


 そう言いつつ、ヒィヒィと涙を流すウスケを見やり

「彼のお方はこちらの王族にて。まずは解放していただけませんか? 交渉ならば対等な条件で行うのが筋かと。脅迫めいた要求ならば飲めませんが」

 と静かにムスタフ将軍を見上げる。


「ふふふ……いかにもそうですな。魔人軍、第一将軍ムスタフ・ゲバル・パジャだ。魔人国主梁ライチ公爵の露払いとして参った」


「さて」

 とクククッと笑いながら軽く胸に手を当てる。


 そして部下へ「解放しろ」と告げると、大きく両手を振り上げた。


蹂躙じゅうりんの時間だ」


 振り下ろされた両手と同時に、信じられない命令が。


 ジャミングの発生装置を破壊されたか、銀色の花吹雪がおさまり視界が開けていく。

 その薄く銀色が残る視界から、真っ赤な鎧をまとった巨漢たちが押し寄せて来るのが見えた。

 やっぱり交渉などする気がなかったようだ。


 オキナへ目を移すと、腰に刺したサーベルを引き抜き、サユキ陛下をかばいながら下がっていく。

 俺を見ながら後ろへ顎をしゃくる。


 後退せよ、と言ってるつもりか?

 ふざけんなって。

 俺が下がれば、サユキ陛下は押し寄せる魔人たちに飲み込まれ、斬られて終幕ジ・エンドだ。


 突然、ボウッと上空から風が吹き下ろし、キュルルーーイッと聞き覚えのあるいななきが聞こえた。

 ジャミングの残滓が吹き飛ばされていく。

 ムスタフ将軍を含めた一帯が半球のシールドに包まれた。


『フレイム・コア』

 コウの魔法が発動した。

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