ガンケン・ワテルキーの最期

(前回のあらすじ)

 青龍が教会へ向かった一報を受けて救出に向かうコウヤ。青龍が上空へ差し掛かったとき、中から出て来たガンケンの持つ杖から白い閃光が走った。


◇◇ガンケン・ワテルキー目線◇◇

 

 少し時を巻き戻す。

 ここはウスケ陛下とガンケン・ワテルキー神国宰相が避難している教会の地下シェルター。

 水路の決壊とともにゆっくりと濁流がシェルターにも侵入して来ていた。


「水路が決壊した模様です」

 

 地下シェルターへ流れ込んでくる雨水の多さを不審に思った私(ガンケン・ワテルキー)は、白い騎士団の斥候に命じ外の様子を探らせていた。

 

 その報告がこれだ。

 そもそも教会の地下シェルターは、このゴシマカス王国が拡張して行った時代の、戦禍に巻き込まれないよう作られたもの。

 気候が安定しているゴシマカス王国において、水路が決壊するほどの自然災害を想定して作られているわけではない。


「まずいですねぇ。ウスケ陛下は?」

「ガンケン様をお呼びしろと――」

 一瞬顔が歪むのを私は見逃さなかった。

 荒れているのだろう。いささかウンザリしそうになる顔を、鉄の意志で引き締める。


「王宮へ避難の打診を」

 それだけ伝えてウスケ陛下の元へ馳せ参じる。案の定、カタカタと貧乏ゆすりを繰り返していた。


「朕を待たすなぞ、どういう、つもりじゃ? どういうつもりじゃッ?」

 甲高い声で吠える。

 地下シェルターだからその甲高い声が反響して、不愉快この上ない。

 

 一時は見捨ててヒューゼンにでも亡命してやろうかと画策した時期もあったが、教会の監視と圧力で(教会はまだウスケ王権を後押しすることで、権力の甘い汁が吸えると思っていた)失敗したから私は仕方なく従っているだけだ。

 

 なんなら暗殺でもしてやろうか?

 と、黒い感情が頭をもたげそうになるのだが、陛下の足元へ跪く。


「陛下――心よりお詫びいたします。どうやら青龍が王都にまで押し寄せ、水路を破壊したようにございますれば、陛下の身を案じて脱出先を選考しておりました」


「ほぅ……? 朕もちょうどそれを言わんとしていたところじゃ。このままでは地下シェルターは水没する――のであろ? そうであろ?」


「さすが陛下。すでにそこまで見抜かれておりましたか?」

 額に手を当て、これは感服仕りました――と言った風情で答えやる。


「馬鹿者ッ、朕がわからぬとでも思うたかっ、思うたのかッ?!」


「余計な御心労をおかけしたくなかったまで。それも、もう心配はございません。これより王宮のシェルターへ……」

 まだ許可は出ておらぬが。

 こうなれば無理にでも押し入るしかあるまい。

 

 なぜここまで追従せねばならないのか?

 全ては魔人軍とヒューゼン共和国の裏切りにある。


 事前に領地と引き換えの亡命の密約を、例のゴシマカス神国の独立を認めるみことのりの発布があった途端、全て反故にされた。

 足切りにあったと認識されたわけだ。――当然、カラ手形を買うバカはいない。

 

「王宮の地下シェルターへ避難を強行いたします。陛下におかれましては迅速が命綱。早速のご準備を」

 

 そう促すと、ウスケ陛下は鷹揚に頷き返しながら「朕こそ国家なるぞ?! そこを履き違えるな」と謎の念押しをして来た。

 まことに左様でございます――と立ち上がりながら、避難の指示を白い騎士団に申しつけていく。


「青龍は大丈夫なのであろうな? あろうな?」

 自らが動くとなると急に重鈍になる。

 なんにしても人にさせたがるのは痛みが自分に降りかかるのを極端に恐れるからだ。

 臆病で卑怯で傲慢。

 とうに愛想も尽き果てているから、いまさらどうでもよいが。


 ご安心を、と側近に目配せする。

 恭しく手渡して来たそれを腰をかがめながら、額の上まで持ち上げ「 超古代兵器アーティファクトにございます」と見せてやる。


「ほぅ、 超古代兵器アーティファクトとな?」


 コウヤのデストラクションで青龍が縮み、逃げて行ったのはスパイからの報告で知っている。

 ならば、この超古代兵器アーティファクトで撃退できるはずだ。なにしろあの勇者コウヤのデストラクションにも引けを取らない光弾が放てるのだから。


 ジャキリッとフォアグリップを下げて見せると、持ち手に埋め込まれた魔石が眩く輝いた。


 そんな中、「衛兵と魔導官が避難の誘導を申し出て来ています」

 と外からの訪問者が訪れたことを告げられる。

 

「なんと……(許可が)早いな」

「それが……サユキ国王からの」


 最後になって父親気取りか? おお、寒気がする――それともなにかの思惑か? わからぬが渡りに船だ。今は一刻を荒そう。

 

 ありがたく――と礼を言おうとした時だ。後ろから甲高い男の声がした。


「痴れ者がッ、そう都合よく来るはずがないであろうがッ。機に乗じて朕を謀殺するつもりであろ? そうであろうが?!」

 と口から泡を飛ばし、白い騎士団に「排除せよっ、避難するならば、押し通り奪還するまでのことじゃッ」と、衛兵と魔導官に指を突きつける。


「まさかっ、我らは『ウスケ陛下をお救いせよ』とのお達しゆえにここに――「ならば勅書くらい持参しておろ? おろうが?!」……なんと?!」

 ウスケの詰問に衛兵が狼狽えている。


 平時ならば勅書も出よう。

 だが、目の前に命の危機が迫っている状態で、勅書の発行などできると思っているのか?


 ははっ――っ、と白い騎士団が近衛兵に剣を向け、「退けッ、陛下を誅するなぞふざけおってッ」と、衛兵を下がらせている。


 一体、なにを見せられているのだ私は?


 あまりにあんまりな絵面にため息をつきかけた時、ボゥと大気が揺れた――そう表現するしかない。

 見上げた暗雲の彼方に濃紺の巨大な塊をみた気がする。言わずと知れた青龍だ。


「ヴォォォォォォ――ッ」

 耳を劈く咆哮と視界いっぱいに広がる青龍の巨体。

 私(ガンケン・ワテルキー)は、反射的にフォアグリップを引き下げ、青龍に向かって光弾を打ち込んだ。


 外すはずがないんだ。

 だが、若干小さくなった気がする青龍がパカリッと巨大な開口部を広げた。目の前が真っ白になる――それが私の見た最後の景色だ。

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