蒼き狼
(前回のあらすじ)
コウヤが青龍を押し返すも天空へ消えた青龍は、王都へ向かって来た。迎撃の体制に奔走するオキナ。懊悩しつつもコウヤとコウを召喚した。
◇◇コウ目線です◇◇
馬での移動でひと月はかかるミズイ辺境。
そこから“魔獣の森”は更に六百キロ北に位置する。
何回かの転移を重ねて私(コウ)はスンナのお気に入りの寝ぐらへ辿り着いた。
『やあ、元気そうだね』
逆三角形の頭をモコモコの羽毛の中から持ち上げ、スンナは目を細めた。
「スンナ、もう大丈夫なの?」
ゆっくり近づいて翼を撫ぜて上げると、ブルブルッと身を震わせ立ち上がった。
『ご覧の通りさ』
三十メートル近い翼を広げて見せる。
首を大きく伸ばすと鼻先を近づけて嘴を擦り付けてきた。それを優しく撫ぜてやるとクルクルと喉を鳴らす。
『青龍が来たのかい?』
「そう。力を貸して」
目の上にある眉毛のように見える羽毛を少し上げると、遠くを見るように洞窟の外へ視線を向ける。
やがてノタノタと動きこちらへ背を向け、その奥にあるカバーを
またもノタノタとこちらへ向き直ると、大きな目を瞬いてコクンッと頷く。
『行こう』
◇◇◇
『セイリュウ・シュウライ・コチラへ・ムカワレタシ』
青龍襲来、こちらへ向かわれたし――と通信石から映し出された暗号文を目にしたのは、もう小一時間ほど前だ。
目の前には飛行鞍のガラス管に吹き上がる気泡と、制御盤の緑色のライト、そしてキャノピーの外に広がる真っ青な空。
要請が入る前に“魔獣の森”を出発し、今はミズイの上空あたり。
眼下には高い城壁に囲まれた『ミズイ辺境国』の首都オーラン・バータルが前世の球場のようにポツンと見えて、そこへ連なる街道が細い糸のように四方に伸びている。
そんな風景も途切れ、雲の絨毯が流れては隙間から枯れ草色の大地が見える。
ドラゴンに乗って大空を旅する――だなんて、なんてファンタジーなんだろう。
こんな状況じゃなきゃそこそこ楽めたのにね。
移動といえば馬車か空間転移で、異世界に来たと言っても風景を楽しむなんて暇はなかった。
「ねぇスンナ……お願いがあるんだけど?」
『なんだい? ちょっと疲れたのかい?』
「ううん、違うの。もし青龍との戦いが終わったら、また乗せてくれる? できたらオキナと一緒に」
『それってフラグって言うんじゃなかったっけ?』
と悪戯っぽく笑う念話が届くと、キューーイッと鳴いた。
『約束するよ。ただしボクにベーコンを山ほどくれるならね』
「そんなもんで良いの? スンナが飽きるほど食べさせて上げるわ」
『良いのかい? コウのくれたあれは美味かった』
野戦食の缶詰を分けてあげただけなのにな。
日持ちさせるためなのかとても塩っ辛くて、湯通ししたのを分けてあげたらひどく気に入ったみたいだ。
もっともそれまでは魔獣を生で食べていたようだから、加工された肉なんて初めてだったのかも知れない。
そう思っていると、飛行鞍が揺れてグンと上昇した気がした。
『そうと決まれば早く倒さなくちゃね』
スンナの念話が届くと見る見る加速していく。
『青龍の魔力を感じた。とても小さくなっている……』
「と言うことは――オキナたちが迎撃に成功した? スンナ、急ごう。叩けるのは今しかない」
スンナはキュルルーーイッと一鳴きすると、ボゥと羽ばたいた。射出座席に背が押しつけられる。たちまちドーンッという音とともに、音速の壁を終えた。
◇◇コウヤ目線です◇◇
気がつくと目の前が歪んでいた。体中にまとわりつく気泡が少しくすぐったい。
なんだこりゃ?
確か俺は青龍に『斬波』を放って、そして……そうそう青龍が青い血まみれになって――どっかに飛んで行ったのは確かだ。
そのあとみんなが集まってきて……で、俺どうなってる?
「……ウヤ殿、コウヤ殿っ……聞こえるか? コウヤ殿ッ」
うるせえな……ってオキナ?
なんでここにいるんだ? ダメだろ、早く『対策室』へ戻らなきゃ。
全く気のいいヤツなんだが心配性でいけねぇや。
ゴシマカスの要にして宰相、天才軍師ときてるアンタがいなきゃ
俺のことなんかに構ってないで――青龍? ……『災禍』……
意識がはっきりして来た。
どうやら筒状のパイプに俺はいるようだ。魚眼レンズで見ているみたいにオキナが面白い顔になっているから間違いない。
『どうなってるっ? 青龍は?』
前もこのシチェーションなかったっけ? ぼんやり思いながら、ここから出せとゼスチャーで伝える。
コポコポと音を立てて液体が抜けていき、パイプ状のガラスがスライドして外気に触れる。
ゲホゴホッとしばらく咳き込んでから、オキナの胸ぐらを掴んだ。
助かったのはここにいるメンバーだけだ――なんてシャレにならない。
「せ、青龍は?」
さらに言い募ろうとした俺を、オキナは仰け反りながらタップし、簡潔にここまでの状況を説明してくれた。
そしてオキナは「その上で尋ねたい。どうしたんだ? その目と髪は?」
ん? 何言ってるの? オキナ。
ガラスの筒からなんかの液体が抜け切ると、体を拭いて手渡された入院着みたいなものを身につける。怪訝な顔をしたままのオキナを二度見しながら、持ってこられた鏡を覗き込んだ。
「なんじゃこりゃあぁぁぁ?!」
驚いたことに純ジャパニーズの黒髪・黒瞳のはずの俺の髪と瞳が濃紺に変わっていた。
「コウヤ殿、何があった?」
なんでこうなった?
「覚えがあるとすれば……青龍の返り血?」
頭から浴びるように青い血を被ったから、それが原因かも知れない。
「なんと……竜の血は古代から霊薬の素材と言われていたが――」
その霊薬シャワーを浴びたのだ。髪くらい変化してもおかしくない。
なるほどねーーうんうんと頷いていた時だ。
全身の毛が逆だった。
「青龍が来た」
何かがリンクしたようにそれが伝わって来た。そう、それは青龍の放っていた、あの真っ黒な憎悪。
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