なすりつけて脱出したんだけど

《前回のあらすじ)

 ムスタフ将軍の本隊を“魔獣の森”のゴーレム出現地域に誘導する俺たち。そこへ駆け込んだ時、ボコボコと砂が盛り上がってゴーレムが出現した。


◇◇

 

「でやがったっ!」

 オキナとコウを連れてここに来て以来だ。

 あの時、ゴーレム、ロックゴーレム、アイアン・ゴーレムと出てきて死ぬ思いをした。


「「ボーッ」」


 気合いの抜ける咆哮をあげながらゴーレムが押し寄せてくる。二メートルを超す巨体を揺らしながら、ゾロゾロと近寄ってくる様はさながら死神の行進。

 その脇をすり抜けて、息を切らしながら俺たちは走り続ける。

 はぁ、はぁ、はぁ……。

 なんやかんやもう半日は走りっぱなしだ。

 獣人と精鋭の近衛隊だから、もっているようなもんだ。かく言う俺も喉はカラカラ、太ももの筋肉筋繊維一本一本に紙でも差し込まれているような痛み。

 それを無視して走り続けている。

 

 ゴーレムを魔人軍へ擦り付け、丸ごと一気に殲滅する。それがオキナと考えた“野伏の計”だ。そのために苦労して魔人軍をここまで誘導してきた。


「し(師匠)〜っ、アレ……」

 走りながらリョウが指差す先に脱出用の二十を超える魔法陣が展開されていた。


「あれがゴールだっ、頑張れっ」

 

 ともすればへたり込みそうな連中に声を上げる。その声が届いるのかいないのか? フラフラしながらそちらへ体を漂わせるように、ともかく前へ進んだ。


「て、敵(ゴーレムと魔人軍)はっ?」

「(背の後ろを指刺して)スッ!」


 沢に入り視界が開けたあたりで、魔人軍からビュンビュン光の矢ライトニングが飛んできている。

 あちこちで川辺の砂や小石が弾け飛んで、これも凶器と化していた。


「ぬぐっ」


 押し殺した悲鳴が上がると、近衛兵の一人が脇腹を押さえている。光の矢ライトニングが跳ね上げた石があたり、負傷したようだ。

 ヘビー級のボディブローを食らったようなものだ。肋骨を持っていかれているかもしれない。


「止まったら死ぬぞ、頑張れっ」

 

 ソイツを脇に引き寄せ、ふらつきながらともかく走る。先行して走っていた狼族の獣人がコッチコッチと手招きする。


「(彼を)頼む」

 崩れ落ちそうになる彼を預け戦場を振り返ってみると、ゴーレムが光の矢ライトニングを全身に浴びながら魔人軍へ襲い掛かっている光景が飛び込んできた。


「「「ボーッ」」」

 間抜けな雄叫びを上げる死神が魔人軍に突っ込んでいく。


「な、なんだコイツら?!」

「敵対するものは排除だっ、光の矢ライトニングで……ふべらっ!」


 指示をしていた魔人が吹き飛んだ。

 ゴーレムが攻撃してきたものを攻撃することは前回で分かっていた。

 だから俺たちはゴーレムを一切攻撃することなく、その脇を横切ることだけに専念し、すり抜ける事に成功したんだ。

 だが初見の魔人はそんなことを知るはずもない。向かってくるゴーレムを排除しようと攻撃した。それが最悪の結果を招くことになる。


「「「ボーッ」」」


 気の抜けた咆哮をあげながら、あたりの砂が盛り上がるとゴーレムが次々と産まれて、魔人軍へ襲い掛かっていく。


「盾兵は前に出よっ、アヤツらの足を止めろっ」

 ゴーレムの巨体が一歩進めば、魔人たちが二歩下がる。そのドラム缶型の胴体に申し訳ていどに生える短く太い脚。

 対照的にその足首に届くほどの長く太い腕を、振り回すごとに魔人が空に舞った。


「なんてぇくそ力だよ」

 

 人って飛ぶんだ――。ぼんやりとそんなことを考えながら、俺は呆れる思いでその光景を見つめる。


 体重が百キロを超えるヘビー級軍団の魔人を一振りで吹き飛ばしていく。

 五、六人が宙に舞ったとき、我に帰ったのか魔人軍の指揮官が声を上げた。


「五十歩後退っ、“魔弾ショットガン”で砕く」

「五十歩後退――っ」

「五十歩後退――っ」


 黒ずくめの鎧を纏った魔人軍が、波が引くように後ろへ下がった。

 そうとう鍛え上げられてやがる。


 対するゴーレムは動きがのろい。


「「「ボーッ」」」


 壊れた汽笛のような間の抜けた咆哮をあげながら、魔人軍へ襲い掛かっていった。


「魔力錬成――っ」

「魔力錬成――っ」

「魔力錬成――っ」


 指示を復唱する声がやんだ時だ。


「撃てっ」鋭い掛け声があがる。


 ゴーレムの背中から垣間見える魔人軍の黒い壁から、一斉にフラッシュが焚かれたように閃光が煌めいた。

 ズドドドドドドド――ッと切れ目ない轟音と地響き。みるみるゴーレムの手や首が吹き飛んでいく。


「「「「ボーッ!」」」」


 サラサラと土塊に変わっていくゴーレムたち。

 だが、次の瞬間モコモコと川辺の砂が盛り上がり、無数のゴーレムが錬成されていく。


「「「「ボーッ!」」」」


 二メートルを超す巨体がゆらりと立ち上がる。

 だが、魔人軍から一切動揺する素振りはなくなり、再び声がある。


「魔力錬成――っ」

「魔力錬成――っ」

「魔力錬成――っ」


 空気が揺らめいた。

「(撃)てぇ〜っ」

 甲高い声が上がると、黒ずくめの壁から一斉にフラッシュが焚かれる。


 ズドドドドドドド――ッと切れ目ない轟音が上がり、着弾で舞い上がる土埃と水しぶきで視界が真っ白になる。

 反射的にその場に伏せた俺たちが、恐る恐る顔を上げると信じられない光景が広がっていた。


 何もない……。

 さっきまであれだけ犇めいていたゴーレムが跡形もなく吹き飛んでいる。


 どんだけ――?

 呆ける俺がノロノロと立ち上がると、押し寄せてくる殺気に身が竦む。


「いたぞっ、コウヤだっ。全速前進――っ!」


 黒い鎧を纏った津波が襲い掛かってくる。


「の、ノォォォォ――ッ!」


 情け無い絶叫をあげながら魔法陣へ逃げる。


「切り刻めぇぇ〜っ」

「「「「ウォォォォォォォォ――ッ!」」」」


 押し寄せる殺気の熱波に車輪のように脚を飛ばし魔法陣へ逃げ込むと、たちまち光の滝が湧き上がり俺たちを包んで消えた。

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