釣れたけどどうなの?

(前回のあらすじ》

 俺は今、海亀がバックラーを顕現けんげんさせミスリルの剣に魔力をまとわせている。

 高圧の電線が発するようなブブ――ンッと低い音が響きヤル気MAXなんですがっ?


◇◇


「将軍はここで我らを見届けて頂かねば……」

 中年の近衛兵が困った顔で見ている。


「でなければ、我らの骨を誰が拾ってくれるのでしょう? 我らは祖国の命運を託されている――だから我らは命を張っております。

 それを見届けるのは将軍アナタの役目ですぞ」

 俺の目をじっと見て静かに頷く。

 サンガ少佐が

「あなたがどう思おうと周りは将軍と思っている――」と言ってたことを思い出す。

 

 向いてないんだってばーーーだが、ここでそれを言うのも間違いってくらいわかってる。


「わかったよ。もう少し削ったら誘いこむ。殿しんがりは虎族に任せた。(敵が)ついて来ているかわかるようにしててくんな」


 畜生ちっくしょう――歯噛みする思いで頷いて、斥候役の兵士と近衛隊をともない前線を離れる。


 ◇◇

 

 やがて殿しんがりを勤めていた部隊が駆け戻ってきた。


「釣れましたよ。コウヤさ……将軍! ヤツら、わんさか追いかけて来ています」

 虎族の小隊長が荒い息をしながら指差す。


「ヤツらアッチで(峠を指差し)五つつほどの小隊が合流して隊列を組み直しているところでさぁ」

 

「距離にしてどれくらい離れている?」

 と聞いてみる。

 獣人たちのアッチと人間のアッチでは感覚がずれているからだ。


「二キロくらい?」


「またずいぶん引き離したな?!」


 へへっと照れる小隊長に、良くやったと肩を叩いてねぎらう。アッチの誤差が半端ねぇ――。

 

 誘引するには少しばかり距離が離れたが、魔人の感覚を持ってすれば大した距離ではない。

 “野伏の計”を仕掛ける誘引路まで抜けるのに五百メートル。


「(地雷が)見えても良いから、ばら撒いとこうか?」少しでも時間稼ぎにはなる。


「お任せを」と狼族のシンがうなずき、狼族の五、六人が獣道に手早く地雷を敷設しては、落ち葉をばら撒いていく。


「あっさり引っかかってくれれば良いんですけどね」

 と強張った顔で無理に笑う。


◇◇◇ムスタフ目線です◇◇◇


「二日で殲滅する――と大見えを切っておきながら、三日目。“魔獣の森”も厄介なものよの?」

 珍しく愚痴っぽい口調になる。


 厄介なのは魔獣だけではない。

 索敵が機能しない――視界も方角も鬱蒼とした木々が感覚を狂わせ、索敵の魔法も“魔獣の森”自体が発する魔力で撹乱してしまう。

 リアル世界で例えるなら、レーダーが妨害電波で役に立たない状況と言えばわかりやすいだろうか?

 

 薄靄うすもやの中を進軍するように慎重にことを運ばねばならなかった。

 奇襲という隠密行動をともなう今回の作戦に、ムスタフが得意とする方位石を使った軍の運用も制限され、思った以上に時間がかかった。


 ムスタフは魔口ダンジョンに設置した本陣の天幕の中で、精鋭の十将たちと斥候から上がる情報もとに敵味方の位置を戦況地図に落としていった。

 当初の予定では一日目にして奇襲でゴシマカス軍の補給路を断ち、二日目には魔口ダンジョンへ追い立てて一気に殲滅するつもりだった。


「補給路に魔法陣を使うとは――抜かったのぅ」

 考えていなかったワケではない。

 奇襲のターゲットを補給を受け入れる後方部隊に置いていたのもその証左だ。


「(ゴシマカス軍は)今まで“魔獣の森”を挟むため、補給部隊を小分けにして送り込んでおりましたからな。とはいえ今ごろは奇襲を受け慌てふためいておるところでしょう」

 交戦を知らせる信号弾を目撃したと、先ほど斥候から報告があった。


「一万の兵を動かすには隘路あいろとなる“魔獣の森”での戦闘は禁忌。我らが待ち構える魔口ダンジョンへ逃げてくるしかありません。補給路はともかく将軍の策に間違いはないかと……」

 十将筆頭が口にしたその時、斥候からの報告が飛び込んできた。


「敵将コウヤが“魔獣の森”に出現しましたっ。今、我が軍の小隊五つがそれを追っております」


「ほぅ……? 敢えて隘路を選んだか?」

 またも読みを外したムスタフが、不愉快そうに鼻を鳴らす。

「よほどの馬鹿か……? 底知れぬ戦略眼を持っているのか?」

 

 いずれにせよ魔口ダンジョンに罠を張っていても、来ないことには話にならない。

「全軍出撃じゃ。わざわざ小分けになってくれたなら、追撃して各個撃破でことは終わる」


 十将たちが素早く編成を始めると、自らの大太刀を引き寄せ天幕の外へと歩き出した。


◇◇◇


「敵将はもはや目前っ! ものどもっ、武勲は早いもの勝ちじゃぁぁぁぁっ」


「「「ウォォォ――ッ」」」


 なんて物騒な雄叫びが響いてくる。


 うん、釣れたね?

 でも下手したら死んじゃうよね?


「全力で走れぇぇ――ッ」

 

 ってな感じで誘引路に出た俺たちは、伏兵のいるところまで走っている。

 魔人ってこんなに怖かったのね? 知らんけど?――いやこっちの身にもなってくれって。


 殺気が背中からバンバン伝わるんだぜ?

 それは熱い熱波のようであったり、押しつぶされる恐怖であったり。

 少なくともJapan平成育ちの俺には、気持ち良いものではない。


 万物突破ディストラクションを放てば良いじゃないって? あれは一日一回しか打てない燃費の悪いヤツなんだ。

 ここぞっていう時まで取っておきたい。


 そうこうしてる間に、前回ゴーレムと遭遇した渓谷にまでたどり着いた。今回は魔獣がほとんどいなかったから、半日もかからずたどり着いたワケだ。


 渓谷を走っていると一個中隊クラスに膨れ上がった魔神軍が追いかけてきている。およそ五百名。その後方からさらに押し寄せる十倍の殺気の塊を感じる。

 間違いなくあれは敵の本隊だ。

 沢に出て川をさかのぼるように逃げて行くと、中洲になっている砂地がモコモコと盛り上がり、ゴーレムが襲い掛かってきた。


「ボーッ!」


 なんとも気合いの抜ける絶叫をあげながら、ゴーレムたちが立ち上がった。

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