よーしっ! よしっ!

(前回のあらすじ)


 劣勢に陥ったバンパ戦線のゴシマカス軍を救ったのはコウとスカイ・ドラゴンの『スンナ』だった。コウを送り出すオキナの苦悩を振り払うようにコウは『スンナ』と共に空戦に挑む。


 ◇◇引き継ぎコウ目線です◇◇


 (コウ、敵が見える?)


 スンナの念話に、素早く索敵を展開すると目視でもあたりを見回す。ドーム状のコクピットのおかげで視界は良好だ。


 「『スンナ』、南西の上空二時の方向からワイバーンが三機こちらに接近している。上から来るよ」


 (わかった。これから駆け上がるから、しっかり捕まって)


 ボゥ、と一羽ばたきすると、背もたれにググッと体が押しつけられれる。眼下に広がっていた地平線が見えなくなり、かわりに太陽に向かって『スンナ』が駆け登っていくのがわかる。


 「は、早い……」


 ぐんぐんと加速し、あっという間に雲の間を抜けて黒みがかかった青空に躍り出た。

 災厄級のワイバーンの更に上位種、スカイ・ドラゴンの飛行性能は簡単に敵を置き去りにする。


 上空から三機で波状攻撃を仕掛けようとしていたワイバーンたちが、焦って回避の軌道を取り始める。


 (リーンッ、……じゃなかったコウッ。ここから接近するから左手のレバーを引いて)


 言われるがままに座席の左足元にあるレバーを引き上げるとガコッ、と音がしてコクピットの左右から長い魔法銃が伸びてきた。

 と同時に正面のパネルが輝いて照星といくつかの輪を組み合わせた照門を浮かび上がらせる。


 (二、三機ならこちらの方が効率が良いんだ。コウが打ち落として)


 え? こんな銃器は初めてなんですけど?!


 焦る私に愉快そうに『スンナ』の念話が届く。


 (大丈夫。リーンの時は百機以上それで打ち落としていたよ)


 「わかったわよ。私はリーンじゃないけれど、私なりにやってやる」


 浮かび上がった照準器に目をやる。

 ごまつぶのように見えていた影が照準器に収まって、親指の先ほどくらいになった時操縦桿のスイッチを押した。

 シュッ、シュッ、シュッ! と空気を裂く音と軽い振動が飛行鞍を揺らし、標的を掠めるようにすれ違っていく。


 「ん……? 外した?」


 肩から上を覆う風防の中であたりを見渡す。

 すれ違ったワイバーンが気流に巻き込まれて、クルクルとわまり、バタバタ羽ばたいて体勢を整えている。


 (コウ、視界に頼らないで。索敵の感覚に当てるつもりで)


 なるほど……。

 私は目をつぶってワイバーンをイメージする。


 翼竜のように長いくちばしと、広げると十二メートルを超える翼。

 羽毛に覆われているが、明らかに鳥類とは異なる大きな目。大空の覇者、動く災悪……。

 さまざまな呼び名はあるけれど、これ一匹で千人を下らない軍団に相当する禍々しい人間の敵だ。


 操縦桿を握りなおし索敵にかかったワイバーンの感触を『スンナ』に流し込んだ。

 三機のワイバーンはよく訓練されているようで、体勢を整えながら一本の矢のように整列すると襲いかかってきた。


 「キシャァァァァ――ッ」


 先頭のワイバーンから高周波が放たれた。

 風防がブルブル細かく振動し、『スンナ』の羽毛が軽く飛び散る。


 「スンナッ、大丈夫っ?」


 (羽毛が跳ねただけだよ。かすり傷にもならない)

 すかさず『スンナ』は右旋回に移り、もう一度獲物を目指してボゥ、と一振り羽ばたいた。

 たった一振りでたちまちワイバーンを振り切って上空に駆け上がる。

 (コウ……もう一度仕掛けるよ。感覚でやってみて。距離は爪で引き寄せる感じで、射撃はみつくように打つんだ)


 例えがドラゴンだから分かりにくいんだけど、なんとなく伝わったよ。


 照準器は最後で良い。

 魔力を循環させると、体の全面から放射線状に索敵を放つ。


 ん……。捕まえた。

 感覚を『スンナ』に共有すると、不思議な感覚に覆われた。私の視界と『スンナ』の視界が同期シンクロして、まるで走り寄るように『スンナ』が加速していく。グルリと宙返りをするとワイバーンの後方に回り込んだ。

 

 「“くちばしで食いつくように”……か」


 照準器を見るとまだごまつぶのようにしか見えない。手を伸ばして走り寄る感覚で前屈みになる。

 ボゥ、と『スンナ』が一羽ばたきして、たちまち照準器の中のワイバーンが大きくなった。

 

 (今……!)それこそ噛みつく感覚でトリガーを引く。シュッ、シュッ、シュッ! と空気を裂く音と軽い振動が飛行鞍を揺らした。

 飛行鞍の両脇から飛び出た魔法銃から白い閃光が放たれる。

 「キシャァ」

 悲鳴が響いくとボンッ、と破裂音とともに狙ったワイバーンが錐揉みしながら落ちていった。


 (コウ、いいね。そんな感じだよ。――あと三匹だ)


 フフフッと微笑む『スンナ』の感覚が伝わると、右旋回をしながら次の獲物へ狙いを定める。

 ワイバーンたちは二匹ともバラバラの方向へ逃げはじめた。


 「逃すワケないでしょっ」


 駆け寄るようにグッと前に乗りだす。

 それだけで『スンナ』は心得たように一羽ばたきした。グングンと距離が縮まり、照準器に大写しになる。


 「よしっ」


 操縦桿のスイッチを押す。

 シュッ、シュッ、シュッン……。細かい振動と閃光を放ち、糸を引くような光の矢がワイバーンに飲み込まれていく。


 「グボォラッ」


 血の霧と羽毛を撒き散らし、ワイバーンがのけぞった。そのまま落下していきボンッ、と音を立てて粉々に砕け散る。


 「よーしっ!」


 歓声とともにグッと握り拳でガッツポーズ。

 

 (調子が出てきたようだね)

 ちょっとからかうような『スンナ』の念話が届いた。


 「あとひとつっ」


 索敵の範囲を広げて、先ほど逃げていったあともう一機を探す。


 「見つけたっ」


 もう視界では捉えきれないほど先の方にいる。そのイメージを操縦桿に流し込むと、『スンナ』はそちらへ首をグルリと回してボゥ、と一羽ばたきした。

 いったいどんな仕組みなのだろうか?


 一羽ばたきであっという間に加速してグングン追い詰めていく。

 相手も右に旋回したかと思うと、急上昇してみたり左に回り込もうとしている。必死に引き離そうと回避を繰り返すが、それを先読みしたように『スンナ』は追い詰めていった。


 ああ……。まるで小学校のころ、校庭で遊んだ鬼ごっこをしてるみたい。


 ヒラリヒラリと身を交わし、必死に逃げる男の子の背中をバチンッと叩いて笑ったあの頃が、チラッと脳裏を掠める。


 「それっ」


 操縦桿のスイッチを押すと、光の矢が放たれワイバーンがコマのように回りながら落ちていった。


 「よーしっ」

 見渡す限りワイバーンの影は見えない。

 索敵にも何も引っかかるものはなくなった。


 「よーし、良しっ」


 口をついた言葉に『スンナ』がフフフッ、と笑った気がした。

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