崩れ落ちたゴシマカスの象徴

(前回のあらすじ)

 攻撃目標にされたのは“ゴシマカスの象徴”と呼ばれるシマカス宮殿だった。カノン・ボリバルが操縦するワイバーンに“ゴシマカス王国の象徴”シマカス宮殿は崩落した。


 ◇◇ガンケン・ワテルキー目線です◇◇


 「馬鹿な……」


 倒壊したシマカス宮殿を前に息をのんだ。

 “ゴシマカスの象徴”と呼ばれた荘厳そうごんたたずまいは無惨に崩れ落ち、あたり一面にガラスの破片と建材のレンガが転がっている。

 あちらこちらから負傷した兵士のうめき声が聞こえ、爆撃の被害の大きさを物語っていた。


 「ぬっ……?!」


 目と鼻を刺激され。ハンカチで口元をおおう。

 パチパチとなにかが爆ぜる音が聞こえ、焦げくさい匂いと煙が漂っている。あちこちで火災が発生していた。


 幸いにも早い段階で主だった者を地下のシェルターへ移動させていたから、命令系統の崩壊はまぬがれたものの、“ゴシマカスの象徴”を初撃で失ったことは士気を折るのに十分だった。


 「なんと言う事だ……」


 私(ガンケン・ワテルキー宰相)は言葉を失い立ち尽くしていた。


◇◇

 少し時間を巻き戻す。


 ズンッ、スズッンッーーー。


 天井からパラパラと土埃が落ちてくる。

 ビリビリと巨大な力に部屋ごと揺さぶられ、シェルターの壁が悲鳴をあげる。

 陛下を机の下に非難させ、外の状況を伝える魔眼を手繰り寄せると机の下に飛び込んだ。


 ドォンッ、と言うこれまでの中でも一番の衝撃が襲ってきて、照明具が砕け散った。

 振動が収まると非常用の魔道具が光り始め、散らばった資料と転がった椅子が照らし出される。

 名ばかりの将軍たちは青い顔をしたまま腑抜けた顔をさらしていた。


 ちッ……。使い物にならんな。


 「被害の状況を確認してきますっ、二、三人ついて来いっ」


 名ばかりの将軍たちとウスケ陛下を尻目に、シェルターから飛び出して来た。

 そして今、この信じがたい光景が目の前に広がっている。


 「水魔法の使える魔道士はいるかっ! 消火が追いつかんぞっ」


 「弾薬庫を冷やすので手一杯だっ。水の入る容器ならなんでも良いっ。手に持ってこっちに並べっ」


 必死に消火活動にあたっている城兵たちの声に、ハッと我に帰り手近な兵士を呼び止める。


 「ガンケン・ワテルキーだ。誰か状況を説明出来る者はおらんか?」


 すすにまみれ桶を手にした兵士は「城兵長を呼んできます」と走り去った。


 振り返ると「おいっ、君たちも被害を把握しろっ。君は東門を当たれ、君は西門だっ。

 私は城兵長と合流して城壁に登る。しばらく正門の城壁にいるから、大至急把握して来いっ」

 と、『白い騎士団』の二人の副長に指示を出す。


 ヒューゼンの空軍力は理解していたつもりだった。

 だが、外交を一方的に打ち切りこんなにも早く奇襲してくるとは思わなかった。


 「くそっ」


 噛み締めた奥歯から声がもれる。

 経験不足が露呈した。

 この手の状況を経験しているムラク・ド・ジュン元軍務卿(防衛大臣)や、その右腕だったオキナ・ザ・ハン(元防衛次官)なら読み誤ることはなかっただろう。

 今更だが、ムラクやオキナを外したのはまずかったか?


 おそらく第二波が襲ってくる。

 こちらの抗戦力を徹底的に削いだら、制圧する大部隊を送り込んでくるはずだ。

 それくらい素人の私(ガンケン・ワテルキー)でもわかる。



 「お待たせ致しました。ガンケン宰相閣下」

 すすまみれの四十すぎの男が走り寄って来た。おそらく彼が城兵長だろう。


 「ご苦労っ、被害の状況を知りたい。それに残りの戦力もだ。正門の城壁へ登って王都の被害の状況も目視する。歩きながら話そう」

 肩を並べて歩き出す。


 城壁から物見櫓に登ると街が一望できる。

 時おり風向きが変わって火災の煙が押し寄せてくるが、下にいるよりはマシだ。

 振り返ると無惨に崩れ果てたシマカス城が目に入った。

 翻って街を見下ろすとこちらもあちこちで火災が発生している。


 「火災発生が四十から五十箇所、負傷者はおそらく百五十人を下らないでしょう。まだまだ増える可能性があります」


 「城壁は思ったほど被害はなさそうだな」と、見回す。


 「それだけ敵の精度が高かった……とも言えます。おそらく最初から王宮狙いだったかと」

 とえることを言う。それになにかしら声に不信感を感じる。

 

 「魔力送信装置まりょくそうしんそうちは? 魔道士たちは大丈夫なのか? あと残りの戦装とか……なんだ、っつまりどれくらいの戦力が残ってる?」


 「魔力送信装置まりょくそうしんそうちには被害はありません。あと魔道士にも――つまり、宰相閣下は追撃がやってくるとお考えで?」 


 「いや、そうとは言わんが君っ。そうなったら戦えるのか? と聞いている」

 この男は司令部の対応策を知りたいのだろう。だが、戦略的な話は専門外だ。

 うかつに話して兵士へ不安が伝播しても困る。


 そこら辺は城兵長もわきまえているようで、「私ではわかりかねます。ただ平時の二割ほどしか機能しないでしょう。司令部からの指示を待っている状況でして……。司令部はなんと?」と尋ねてきた。


 「今は被害の状況を把握している段階だ。私はまずは君たちの現場の状況を知りたくて馳せ参じたワケだよ」

 頼むよ、ゴシマカスを守れるのは君たちしかいないんだから――と、肩をたたいて誤魔化ごまかす。

 まさかほうけて使いものにならないとは言えない。



 ほどなく先ほど西門と東門へ放った副長たちが城壁に登ってきた。


 「ガンケン宰相閣下、被害の状況を報告します――」


 「ご苦労っ、あと君――」

 城壁兵長に衛兵長を地下シェルターまで寄越すように指示して、ウスケ陛下のもとに戻ることにした。



◇◇◇


 「%$€£##€£⭐︎! ……で、あろうがっ!」


 地下シェルターにはウスケ陛下の金切り声が響き渡っていた。どうやらいつもの癇癪玉かんしゃくだまが破裂したようだ。


 「ガンケンッ、キサマもどこで油を――」


 「お叱りは後ほど。被害のご報告から先に……「言い訳をするかっ!」」

 カップが飛んできた。

 バチャリと顔に紅茶がかかり、胸のあたにカップがあたってガチャンと床に砕けた。陛下の怒りを沈めるために私(ガンケン)はあえて避けなかった。


 「陛下……。これは私の失態、この場で斬り捨てられても異存はございません。が、しかし陛下は英雄王となられるお方です。冷静なご判断を」

 顔から紅茶を滴らせながら、床にひざまずく。


 「フンッ、見えすいた小芝居なぞしおってッ。被害のほどを申せ」

 いくらか落ち着いた声に戻ったウスケ陛下の声が頭上から降って来た。

 失礼します――。とハンカチを取り出し顔の紅茶を拭いながら先ほど受けた報告を読み上げていく。


 「被害と致しましては――」

 

 シマカス宮殿の倒壊や火災の発生箇所、負傷者の数など端的に述べていく。


 「な、なんと……。シマカス宮殿が倒壊とな?」


 ハッと顔を伏せ、あたりの妙な視線に気がついた。

 冷ややかな目線を名ばかりの将軍たちがこちらに向けている。まるで私のせいだと言わんばかりだ。

 そのうちの一人が媚びるような笑顔でウスケ陛下に進言を始めた。


 「もはや一刻も猶予はありません。第二波の追撃がやってくる前に陛下は避難を――」


 「うむ……そうじゃな。ちんも今、それを考えていたところじゃ」


 なにを言い出すつもりだ? 

 まずは国王が無事であることを知らしめるのが先ではないか?


 お待ちを……と言いかけた時、シェルターの床が光り出した。床から噴き上がる光の滝に人影が浮かび上がる。


 「何者かっ!」


 『白い騎士団』と共に陛下のもとに走り寄り人の盾を作った。


 「ひどい事になったな、ウスケよ」


 厳しい顔で眉間にしわを寄せたオキナ・ザ・ハンを従えたサユキ上皇が光の中から浮かび上がった。

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