トラ・トラ・トラ

(前回のあらすじ)

 “王権神授の儀”を終えて祝賀パーティーに浮かれるウスケ国王派の面々。祝賀ムードの中飛び込んできた宣戦布告と、カグラ陥落の一報を聞き混乱するガンケン。


 歴戦のムラク元軍卿は不在、オキナのスタッフたちは粛正を恐れて雲隠れをしていた。


 一方、いよいよゴシマカス侵攻へ移るカノン・ボリバルとコティッシュ・ガーナンたち。「武運を」の掛け声と共に明け始めの空にワイバーンが飛び立った。



◇◇カノン・ボリバル目線◇◇



 ビュゥ、ビュゥ、と風切り音がする。

 時おり飛行帽のヘッドホンから、機嫌の良さそうなワイバーンの鳴き声がクルクルキューイッ、と聴こえて、ボウボウと羽ばたくごとに飛行鞍ごと軽く上下に振られる。

 防寒はしっかり施されているが、少し足元が寒い。

 姿勢はちょうど椅子に腰掛ける形となっていて、思った以上に視界は良好だ。

 明染める雲海を眼下にながめながら、少し機体を傾けて雲の隙間から見え隠れするゴシマカス王国の地形と、方位磁針と照らし合わせ進路を確かめてみる。

 訓練を受けていたとは言え初めての空中戦だ。緊張が高まってくる。


 「異常ナシ」


 人馬一体ならぬ人龍一体。

 自律的な動きもするが、飛行鞍に取り付けてある操縦桿のわずかな動きを察知して従属したワイバーンは思うままの動きを再現してくる。

 だから俺のような素人でもほぼイメージ通りに動いてくれる。

 

 これがヒューゼン共和国の編み出した操竜術そうりゅうじゅつだ。

 圧倒的な戦力差をくつがえせると踏んだフィデル・アルハン議長の自信もうなずけた。


 Vの字編隊で飛行していた隊長機から通信石を使った暗号が送られてくる。


 『モクヒョウ・マデ・ヒト・マル・フン ゼンキ・バクゲキ・タイセイ・ヲ・トレ』


 高度を下げながら投下用の照準器を起動すると、ワイバーンの腹部に取り付けられた魔眼が、王都ド・シマカスに続く四方に伸びる道を小さく映し出した。


 攻撃目的は王都ド・シマカスの中心に位置する王城、シマカス宮殿。地上六階建ての白一色で統一された“ゴシマカスの象徴”そのものだった。

 ここを叩く。

 城壁じょうへきの四方に魔力送信装置まそうがしつらえてあり、王宮魔道士たちがこれを操作して自在にシールドを展開できた。

 周囲を高さ五メートルの城壁じょうへきと堀にかこまれ、鉄壁の防御を誇るゴシマカス最大の防衛拠点でもある。

 

 「……だが、上からの攻撃には弱い」 


 ほほをゆがませてニヤリと笑う。

 出撃前のブリーフィングで示された情報だ。

 あくまで陸戦を想定した作りになっている。これは無敵を誇ったゴシマカス軍の陸軍に頼り切った弊害だ。


 『ゼンキ・トツニュウ・セヨ・ブウン・ヲ・イノル』


 最後の通信が入ると、先頭のワイバーンが機体を左右に振った。いよいよ戦闘開始だ。


 先頭の一番機から順に、十五度の角度で突入して行く。

 操縦桿を傾けると風切り音がピューッ、と甲高い音に変わった。


 敵側ゴシマカスの城壁から光の矢ライトニングが糸を引くように掃射されてくる。

 機体を左にバンクさせ射線からずれるように回避すると、すぐに右に切り返す。

 バサバサと羽ばたくごとに飛行鞍が上下にふられ、旋回のGと上下に振られる振動でシートベルトが肩や腹に食い込む。

 

 もう少しだ。もう少し踏ん張れっ。

 自らを叱咤しながら、照準器の数値を読み取った。


 あと一千メートル。

 百キロの爆弾を時速二百キロを維持しながら城壁にぶち当てる。早すぎて手前に落としてもダメ、遅すぎればシールドに弾かれて見当違いの方向へ落下する。


 もう少しだ……。


 不意に光の矢ライトニングの掃射が弱まった。嫌な予感がして、機体を傾け大きく左に旋回した。

 シマカス城の城壁から真っ黒い噴煙と火柱が上がり、味方機の前方で何かが弾けた。

 バーンッ、と言う音に遅れて激しく機体が揺さぶられる。


 「?!」


 味方機のいた方向を見ると翼が弾け飛び、クルクル回りながら落ちていく。


 「VT信管か?!」


 事前にブリーフィングで明かされた敵の新兵器だ。目標近くで砲弾が破裂し、翼に穴を開ける。


 「クソッ、悪あがきをっ」


 落下した友軍機に積まれた爆薬がドドーーンッ、と轟音を放ちオレンジの炎に包まれた。


 左に旋回させた機体を立て直して、もう一度侵入高度まで上昇させた。城を中心に五、六機が旋回している。そのうち二機が低空飛行に移り、爆弾を切り離した。ドンッ、と下腹を揺るがす空振と立ち上る火柱。


 「やったか?」


 火柱と黒煙が丸く切り取られているように見える。


 「シールドか?!」


 城壁の左右から白い膜が展開され、爆発の衝撃を上空へと逃していた。爆薬を切り離した友軍機は素早く上空へと離脱して行くが、またも城壁から黒煙と火柱が上がりはじけた砲弾で翼に穴を開けられ墜落していく。


 「調子に乗るなよっ」


 侵入高度まで十分に上昇すると、ガキッと歯を食いしばり機体を三十度に傾けて突入していく。数値的には三十度だか見る見る迫る地上の映像に真っ逆さまに落下しているような感覚に襲われた。


 城壁からは光の矢ライトニングの掃射が始まる。

 先ほどの砲撃からVT信管は連射ができないと踏んだ。だから突入するのは次の装填か完了するまでのわずかな時間しかない。

 機体の右左を白い光の矢がかすめるたびに、細かい振動で機体が揺れシューッと漏れ出した酸素ボンベの音が聞こえた。


 ギャアッ、とワイバーンが咆哮する。

 早く打てと伝えたいのだろうか?


 左手を突き出し、魔力を集中させる。手のひらが火傷するほどに熱くなった頃、俺(カノン・ボリバル)は吠えた。

 『遮断』

 

 光のライトニングの掃射がピタリと収まった。左手を戻すと操縦席の左端の投下レバーを思い切り引き上げ、操縦桿を引き戻す。

 ガタンッとこもった音とともに百キロ爆弾が切り離され、軽くなった機体は急降下の角度から持ちなおしていく。


 「ぬぬっ」


 飛行鞍に取り付けてあるフラップ(補助翼)を開き、鉛のように重い操縦桿を引き上げながら魔眼まがんを切り離し映像を送らせる。

 急降下から急上昇に転じるGと、ワイバーンが降下に逆らうように羽ばたくせいで、飛行鞍の中でもみくちゃにされながら映像だけは見逃すまいと目を見開く。


 矢のように黒い塊がシマカス城に突っ込んでいった。

 バサリッとワイバーンが大きく翼を広げると見る見る迫る地面が水平になり、城壁をかすめるように上空へ駆け上がって行った。


 背中にドンッ、と振動が走る。

 振り返るとシマカス城の中央に火柱が上がり、ガラスが吹き飛んだ。

 中央で起こった爆発が建物全体を揺るがし、両端の塔が崩れ落ちていくのが見える。


 通信石に用意してあった文章を打ち込むつもりだ。 


 『ワレ・キシュウニ・セイコウセリ』


 「は、ハハハッ、ハッハ――ッ!」


 肩を震わせ高笑いする。

 眼下に広がるのは無惨に崩れ落ちた“ゴシマカス王国の象徴”だった。

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