脱出

 「私をただの貴族と舐めるな。いつまでもお前らを野放しにするつもりはない」

 ガンケン・ワテルキーは冷え冷えとした視線で俺を睥睨へいげいした。


 「何のためだ? そもそも何のために俺らを追い回す? この国に俺らが何をあだなした?」

 後ろ手でナナミとかぁちゃんを下がらせる。

 ただの時間稼ぎだ。

 ここまで来て相手の非を糾弾きゅうだんしても意味はない。

 ところが、ガンケン・ワテルキーの野郎。

 ここぞとばかりにえ始めやがった。


 「何のためにだと? 盗人猛々ぬすっとたけだけしいしいとはよく言ったものだ。おそれ多くもウスケ陛下から賜った『ミズイ辺境国』にかかわらず、謀反を企てているのは明白な事実だ」


 大義たいぎの決めつけだ。

 元いた世界のでも声の大きなヤツの言い分が、そのまま通る事はよくあった。

 よく言えば協調。

 悪く言えば迎合。

 自らに害が及ばないように思考を止めるのは会社でもままあった話だ。


 ヤツにとっては人民の支持が欲しい――だからあたかも真実のように大声を張り上げている。

 周りを見回すと、倒れた男たちが目を覚ましたのか、ガンケンと俺を交互に見ている。


 言われっぱなしではしゃくに触る。

 息を吸い込むと戦場で鍛えた大音声で言い返す。

 「馬鹿言うなっ。何故謀反むほんを企む必要がある? 本人が違うっってんだ。てめぇらこそ議会を閉鎖してこの国を乗っとろうとしてんじゃねぇか?! 大方女神から神託を受けたなんぞ言って陛下を騙して、傀儡くぐつにしようってハラだろうがッ」


 ガンケンの顔色が変わった。

 愚劣ぐれつな事をほざく――と手にした古代兵器アーティファクトをこちらに向けた。

 「もはや貴様の罪は確定した。陛下への不敬罪だ。その上国家転覆の容疑で有罪は確定だ。この場で処刑されるか法廷でキチンと申し開きするか選べ」


 「そいつをここでブッ放す気か? 街の半分はなくなるぞ? 良いのか?」

 そろりそろりと腰を沈める。


 「気にするな。貴様のシールドを壊すくらいに調整してやる」


 「そりゃあ、ありがてえ話だが

 後半の部分は大声であたりに呼びかけた。

 先ほどの、衝撃波で倒れた幾人かが目を覚まし起き上がってきている。


 「みんなっ! 逃げろっ! 巻き込まれるぞっ」

 俺が叫ぶと狼狽うろたええた男があたりを見回す。

 そこら中にガラスが散らばっている。


 「ええっ、さっきのヤツかっ?!」


 「助けてっ! 殺されるっ」


 「砲撃だっ、逃げろっ」


 出鱈目でたらめに伝播された情報でパニックが起きている。

 逃げ惑う人々が俺たちを押し流し始めた。


 「殺されるぞっ、逃げろっ」

 あたりに適当にあおりを入れると、ナナミとかぁちゃんの手を引いて逃げ惑う人々に紛れ込んだ。


 あたりを見回すと人々の間にポカリと空白地帯が目に映る。

 古代兵器アーティファクトを掲げるガンケン団長から逃げようと押し寄せる人々をき分けて、二百メートル先の建物の物陰にピントを合わせた。


 「かぁちゃん、ナナミ、捕まれッ――『亀ッ、縮地ッ』」

 

 ズビュウ、と空間が圧縮される。足元から土煙が上がると、空間が目の前まで迫ってくる。

 「よっとぉっ!」ナナミとかぁちゃんを小脇に抱えるとその空間に飛び込んだ。


 一陣の風が吹き抜ける。

 逃げ惑う人垣が消え去るとガンケン団長の前には誰もいなくなった。


 「チッ」舌打ちをして俺らを振り返るガンケンの姿が見える。

 「そこを動くなっ! 建物ごと破壊してやるっ」

 鋭い警告が飛んだ。


 悔しいがかぁちゃんの避難が先だ。

 次に会った時はそのクソ高い鼻っ柱をへし折ってやる。


 「今日のところはコレでおさらばだ。首洗って待ってろっ」そう叫び返すとナナミとかぁちゃんの手を引いて夜の闇に紛れ込んだ。


 

◇◇◇


 (ガンケン・ワテルキー目線)


 「今日のところはコレでおさらばだっ。首洗って待ってろ」コウヤが叫び返して消えた。


 「追えっ、逃すな!」

 モンク(兵僧)の虎狼組に声をかけると、一団は走り出した。


 「申し訳ございません団長。必ずやひっとらえて参ります」


 「急げッ、まだそこまで遠くには行っておるまい」

 四散する一団を見送ると唇を噛み締めた。

 マズイ――。古代兵器アーティファクトの威力を見せて怯んだ隙に一気に捕縛するつもりだった。

 ところがどうだ?

 民を守るために体を張って対峙するところか、逆に民を盾にして逃げ出した。


 戦術としては悪くない。

 こちらが民を攻撃しないと計算しての事だ。

 何よりマズイのは民衆を煽動せんどうするカリスマを持っている。


 マズイ。マズイ、マズイっ。

 初めて対峙してわかったが、ヤツは僭王せんおう資質オーラを持っている。

 このまま放っておけば脅威になるかも知れない。


 てっきりオキナがその僭王せんおうとなり得ると警戒していた。だから早めに潰そうとウスケ陛下に献策していたのに、ところがどうだ?

 カリスマ性は恐らくオキナより上だ。

 二言三言ふたことみことで簡単に民衆は煽動せんおうされてしまった。


 自分が持っていないその資質を持っていると知った時、激しい憎悪が湧き上がった。


 


 待つ事しばし――。

 しおれた一団が戻ってきた。

 まるでかすみのように消えてしまった。と報告が入る。


 「まぁ良い。捕まらぬなら動きにくくしてやる」『白い騎士団』の副長に声をかける。


 「乱破らっぱを放て。『謀反人コウヤが反抗し街を破壊した』と話を街中に流すのだ。コウヤへの懸賞金もたっぷりかけろ。

 それと――そうだな。この場にいた連中にも金をつかませて同様の噂を流させよ」

 行け――と顎をしゃくる。


 「忌々しい男だ――」

 

 不利な状況に追い込まれても、咄嗟とっさにこんな状況を作り上げてしまう。権威に屈せず暴力にひるまない。

 抵抗勢力としては一番厄介なパターンだ。


 「コウヤ・エンノ――。ただの脳筋バカと思ったが、舐めてかかるとマズイことになるか……」

 金をばら撒きあぶり出し、そして――。

 

 「冒険者ギルドにも手配をかけろ。『街を破壊した凶悪犯。国家転覆を狙うテロリスト』としてな。あとは冒険者そいつらが噂をばらいてくれるだろう」


 無知な民衆への印象操作など、容易いモノだ。

 王宮に蔓延はびこ貴族バケモノに比べれば、タカが知れている筈だ。


 胸の前で十字を切り、仕事の割り振りを支持して王宮へ向かう。


 ウスケ陛下へ報告せねば――ヤツが本当の力をたくわえる前に……。

 陛下は自分以外のカリスマを嫌う。


 ウスケ陛下がわかりやすくて良かった……。

 あのアホの地団駄じだんたを踏んで怒り狂う姿を思い浮かべて口角を少し上げた。

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